05 ーーいつ会えるか分からない彼(か)の人のため、献身的に思い出の場所に赴く。 それはまるで慎ましく逢瀬を繰り返す恋人同士のようでもあった。 「…………パシフィカ……」 ーー何故そこまでヴァーヴィルヒナに固執するのだろう? 一日千秋の思いで歩む湖への道すがら、パシフィカは考えることがある。 ーー同情か? ーー彼が捨て子だから? ヴァーヴィルヒナは自らの出生を知らないそうだ。彼が幼い時に死別したのか、はたまた集落の者が拾ってきたのか、彼に彼の出生を説明する者は誰一人としていない。彼が覚えているのは、ヴァーヴィルヒナという名前だけだと、照れ臭そうにパシフィカに語っていた。 そして、『シロ』ーー。 それが集落での彼の名前らしい。髪の色から取った、個体識別のための記号。 それを聞いた時、パシフィカは怒りに喘いだ。 こんなにも美しく繊細で高貴な銀色をしているのに。それを、彼の集落の者たちは、只の白髪だと。今すぐにでもその集落とやらに行き、一人一人の耳元で彼の本当の名前を叫びつけてやりたくなった。 「……パシフィカ…………!」 ーー親の顔も知らず、本当の名前を呼んでもらえない不幸の子。 そんな同情の目で彼をーーヴァーヴィルヒナを見ているのではないか。 そう卑屈になった時もあった。 しかしーーこれには断固として違うと言える。 単純に、自然と、ヴァーヴィルヒナに会いたいという気持ちがどこから湧いてくるのかーー形容しがたい気持ちがパシフィカを突き動かしている。 この感情はーー 「ーー恋ね」 「んにゃ!?」 唐突に頭の中に入ってきた声にパシフィカはびくりと身を震わせた。 「ミユティ!? なっ、何をーー」 「パシフィカったら、呼んでもうんともすんとも言わないんだもの。とっくに授業終わったよ!」 そう言われてパシフィカは初めて気付いた。辺りを見回すと、教師はおろか、生徒の大半は教室から姿を消している。 「なーんか、最近のパシフィカ、心ここにあらずって感じ?」 「ごっごめんごめん、で、何の話だっけ?」 ぷくーと頬を膨らませて、日曜学校の同級・ミユティエが責める。 慌てて自分に向き直るパシフィカに、ミユティエは、打って変わって、にまっといやらしい笑みを浮かべた。 「パシフィカの恋の話」 「……ミユティ、その冗談面白くないわよ」 半眼で睨み付けるパシフィカに、ミユティエは臆することなく続ける。 「またまたあ。このミユティエには隠しても無駄よ。パシフィカ、恋してるでしょう」 「何をーー」 「窓の外を眺めながら溜息をつくパシフィカ、あんたの顔は、恋する乙女そのものだったわ」 「!! 見てたの……!?」 揶揄するように言われて、パシフィカの顔にさっと朱が走る。 てっきり食い下がってくると予想していたミユティエは、パシフィカの意外な反応に戸惑った。 「う、うん。……本当にどうしちゃったの? パシフィカ、あんたらしくないわよ」 「うーん……」 パシフィカの蒼い瞳をミユティエは覗き込む。 「なんていうか……私……うーん……」 ーーあんたらしくない それはパシフィカ自身が一番痛感している。 日曜学校に限らず、家の近所や出先などでパシフィカと近い年齢の少年と出会う場面も少なくない。元々ざっくばらんな性格のパシフィカなので、男女関係なく交友関係もある。それなのに、何故だか、あの少年のことが気になって仕方ないのだ。 「あのパシフィカにこんな顔させちゃうとはねえ」 「どーゆー意味よ」 「ねね、その人ってどんな人なの? 教えてよ」 「どんなって……」 ミユティエに問われて少し考えるパシフィカ。 脳裏に浮かぶのは、初めて出会ったあの日のこと。 パシフィカを捉えて離さないあの紅い瞳ーー 「パシフィカ?」 不意に立ち上がったパシフィカに、ミユティエが怪訝そうな顔をする。 「……ミユティには教えなーい!」 「あっこら逃げたな!」 脱兎の如く駆け出すパシフィカに、嬉しそうに追い掛けるミユティエ。 まだ教室に残っていた者や廊下で談笑していた者など、二人のいつものやりとりに目を止める者はいなかった。 |