白銀の遁走曲 | ナノ


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04






林の中を、一人の少女が歩いていた。
長閑な昼下がり。曇りがちな天気の元、単調な配色の中をゆく少女の見事な金髪が目に鮮やかだ。年の頃なら十二、三といったところだろう。今日の天気とは正反対の、思いっきり晴れた空をそのまま写し込んだかのような碧眼は頑なに前を見据えている。その可憐な容姿は、どこか名のある貴族のお姫様と言われても疑う者は少ないだろう。
少女は歩みを早めた。
足元は突き出た木の根や大きい石など今にも躓きそうな悪路だが、転倒も厭わぬ覚悟で少女は先を急ぐ。真摯に自分の行先だけをその瞳に映す様子は、まるで長年引き裂かれていた思慕の相手を追い縋るかのようだった。
やがて。少女は林を抜け湖へと出た。
少し息を弾ませ、その顔に期待を滲ませて辺りを見回す。
蒼い瞳に映し出されるのは、少女がーーことさら、最近は毎日のようにーーいつも見ている風景だ。少女の淡い想いを嘲笑うかのように、その風景は、ただただ、そこに存在していた。
そのことが、少女にとってどれ程残酷な事実であったか。大きな瞳を揺らし、少女は力なく頭(こうべ)を垂れた。前髪が陰を作り、その表情を隠す。高熱に犯されているかのように少女の小柄な体躯は小刻みに震え、見ている者の胸を締め付ける程悲壮感が漂っている。小さく開かれた唇が紡ぐのは、愛する者の名か、愛惜の呻きか、はたまた失望の叫びか。
やがて、少女は、大きく息を吸い込みーー

「ーーこンの、毎度毎度放ったらかし男おおおーっ!!!!」

少女のーーパシフィカの怒号が辺り一面に響き渡った。



パシフィカが出会った少年ーーヴァーヴィルヒナは、所謂漂白民と呼ばれる流浪の民であった。
マヌーリンとその隣街であるアスタール、その二つの街を結ぶ街道の脇に大きな鉱山がある。マヌーリンからでもその頂を眺めることが出来る程には大きい。その鉱山の麓に、彼が住む集落は在るという。いつからそこに拠点を移したのか分からないが、ヴァーヴィルヒナが幼い頃からその集落はそこに在ったのだという。その集落は鉱脈を掘りアスタールへその石を売り捌くことを生業としていて、ヴァーヴィルヒナもその仕事に従事しているらしい。休みの日は少ないが、休みの日は必ずここへ来るーーそう言ってヴァーヴィルヒナは去って行った。
ーーそして。パシフィカがヴァーヴィルヒナと出会って、一月(ひとつき)が経とうとしている。しかし、彼と会えたのは片手で数える程度。十日に一回という頻度だ。しかも日時を約束するわけでもなく、いつヴァーヴィルヒナが湖で待っているのか行ってみないと分からない。彼と会うのは困難を極めた。しかし、パシフィカはほとんど毎日湖へと足を運んだ。時間帯をずらし、一日二回も行った日もある。
非効率的で、殆どが時間の無駄。パシフィカ自身もこの行動を馬鹿馬鹿しく思うのだが、それでも辞められなかった。
朝目が覚めて、今日は行かなくていいかと何度思ったことか。
多分、ヴァーヴィルヒナが湖にやってきてパシフィカがその日は行かなかったとして、彼はそれで湖に来るのを辞めたりしないとパシフィカは確信めいた気持ちを持っている。言葉に出して確認し合ったわけではないがーーそれはヴァーヴィルヒナも同じ気持ちでいるとパシフィカは思う。
実際、ヴァーヴィルヒナに会うたびに不便さを口にするパシフィカにーーそれはヴァーヴィルヒナと会えたことに対する照れ隠しにすぎないがーー気弱な風の彼が申し訳なさから会うのを止めるのかと思えばそういう素振りは見せないーーまあ、もしそんな事を口に出そうものなら、パシフィカは一発殴ってやろうと算段していたーー。
しかし、どうしても頭から離れないのだ。<デザート・イーグル>と卵を賭けた死闘を繰り広げている時、シャノンと口喧嘩をしている時、日曜学校で勉強している時、食事を摂っている時ーーいつ如何なる時もパシフィカの頭の中に彼は居座り続けている。もし、今この瞬間に、ヴァーヴィルヒナが湖でパシフィカの姿が見えなくて落胆しているかもしれないと考えると、その落胆した彼の表情を思い描くと、パシフィカは居ても立っても居られなくなるのだ。

 

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