03 「ごっ、ごめんなさい……!」 頭を打ったことで完全に覚醒したのか、状況を判断した少年は勢い良く立ち上がると、パシフィカに向かって頭を下げた。 「勝手に入ってごめんなさい!」 「え?」 「おれ、誰も居なかったから、つい……」 思いもよらない謝罪の言葉に、パシフィカの声が止む。 そんなパシフィカの様子には気付かず、少年は尚も深々と頭を下げ続けている。 「大きい池だなあーと思って……それでちょっと水浴びをして、そしたら眠くなっちゃって……ごめんなさい! すぐ出て行きます!」 「え? え? ーーちょっと待ちなさいよ!」 本当に心苦しそうに少年は言葉を紡ぎ、次の瞬間には踵を返していた。 その背にパシフィカは怒鳴る。 「眠くなって? あんた、気を失ってたんじゃないの!?」 「……? ……えっと……ごめんなさい、寝て、ました……って、ええ!? あの!? 大丈夫ですか!?」 はー、と崩れ落ちるパシフィカに慌てて少年がやってくる。 どうやらパシフィカの取り越し苦労だったらしい。 「あんたねえ……」 「は、はい!?」 パシフィカの周りでオロオロしている少年を、パシフィカはきっと睨み上げた。 具合が悪くて倒れているのでは、と青ざめたのが馬鹿馬鹿しい。 呑気に寝こけていただけだなんて。 「あんなとこでお昼寝するなんて紛らわしいわよっ! こっちは倒れてんのかと思うじゃない! 大体道のど真ん中で寝れるなんて、あんたの神経どうなちゃってんの!? 図太いにも程があるわよ!」 「ごめんなさいぃ……!」 先程の恥ずかしさも相俟(あいま)って、少年に掴み掛からん勢いでパシフィカは捲し立てる。パシフィカの只ならぬ気迫に圧倒されたのか、少年は両手で顔を防御するように縮こまった。 「それと! これは池じゃなくて湖、……っ!?」 突如、ボン!と効果音が付きそうな程、パシフィカの顔は赤みを増す。 ーー少年と目が合ったのだ。 パシフィカが詰め寄って喚いたせいで、思いがけず顔と顔を突き合わせているのに気付いた。 ーー紅い眼差しがパシフィカを捉えて離さない。 「あの、大丈夫ですか?」 「にゃっ!?」 パシフィカの様子を不審に思った少年が、パシフィカの顔を覗き込む。更に近くなる少年の顔。 「ななななななんでもないわ! そっ、そういえばさっ!」 本当に湯気が出ているのかも、そう思わずにはいられない程全身が熱い。 パシフィカは踵を返して、火照った顔を少年から隠した。それでも背中に刺さる、少年からの不審の目線。なんとか間を持たせようとパシフィカは懸命に当たり障りのない話題を探す。 「あんた、名前は?」 「…………え?」 「私パシフィカっていうの!」 少年から答えが返ってくる前になんとか平然を取り戻したいパシフィカは、深呼吸したり手のひらで顔を扇いでみたり試行錯誤を繰り返す。 「………………ちょっと聞いてんの?」 急にうんともすんとも言わなくなった背後に、今度はパシフィカが不審に思う番である。 少年を振り返って、パシフィカはぎょっとした。 「え、なに!? 何泣いてんのよ!?」 ーー少年が、呆然とパシフィカを見つめながら、ぼたぼたと涙を流していたのである。 「な、泣いて……?」 パシフィカに言われて初めて気付いたようだった。少年は頬に手を這わせ涙を掬い取る。 「あっあのね、言いたくなかったら言わなくていいから!」 涙で潤んだ瞳は更に透明度が増し、収束してきたパシフィカの動悸をまた再加速させた。 「違う……おれ、嬉しくて……」 「なによ?」 「……おれ……おれの名前、は……」 パシフィカは少年の手が震えているのに気付いた。それがなんだか悲しくて愛おしくて、羞恥心が働くより先に少年の手を握り締めていた。 そんなパシフィカの行為に後押しされたように、少年は目を閉じて息を吐く。 なんだか神聖な儀式のようで、普段は黙っていられない性分のパシフィカでも、この時ばかりは少年の顔をじっと見つめその先を待った。 「おれの名前は…………」 |