06 ◆ 最初に異変に気付いたのは誰だろうか……恐らく、最近の彼女を見ていれば誰だっておかしいことに気づくだろう。 シャノンは溜息をついた。 階段では足を踏み外すし、窓の隙間に指を挟み、ドアにぶつかり、そこらに着ている衣類を挟む、食事をすればコップを落とす、何もない皿に調味料を掛けフォークを突き刺す……とまあ、もし高齢者であれば真っ先に痴呆を疑うような行動を、彼の妹はフルコンボでやってのけている。 ーーそんな我が娘の珍事に、あの男が黙っているはずがなく。 シャノンは再び溜息をついた。 「……一応、聞くが……」 シャノンは眼前の男に呆れた視線を送る。 「親父。その格好はなんだ?」 「む?」 シャノンの目の前にはーー彼の父親・ユーマが立っている。のはいいのだが、いかんせんその格好が問題なのである。 「聞いてくれるかシャノン」 「聞かなくてもだいたい予想がつくが……」 皮肉めいたシャノンの小言など聞こえていないようだ。 ユーマは悠然と胸を張った。その動作で、数枚木の葉が床に落ちる。 「思春期にはいった娘が、家族に黙って毎日ように姿をくらます……。これは有事! 事件である!!」 「いや、まあ、その通りなんだが……」 殊更、面倒臭そうにシャノンは溜息をつく。 そう。シャノンの、いや、カスール家の目下の事件は『それ』だった。 ーーパシフィカの様子がおかしい。 闊達な性格の筈のパシフィカが、ある日を境に、何をするわけでもなく、ひたすらにぼー…………っと空を眺めているのである。シャノンとパシフィカの日常茶飯事である口喧嘩もどこか歯切れが悪い。彼女の大好きなオムレツを以ってしてもその表情は曇ったまま。かと思えば毎日どこかへーー家を出たあとの足取りから、恐らくあの湖だとは思うがーー出掛け、更にムスッとして帰ってくるか、もしくはスキップでもしそうなほどご機嫌で帰ってくる。ーーこれで何もない訳がない。 とはいえ、パシフィカももう十二歳。家族に言えない秘密の一つや二つぐらいあるだろう。そう思ってシャノンは深く考えていなかったのだが。 「これは親として、一人の大人として、淡く咲き始めた乙女の行く末を見届けてやるのが使命!!」 ぐっと効果音でも聞こえてきそうなほど、勇ましく拳を握り締めるユーマ。そこだけ切り取れば少しはマトモに見えなくはないがーー 「本音は?」 「……シャノン、お前のそういうとこは母さんそっくりだな……」 熱く語るユーマに対し、シャノンはどこまでも面倒臭そうだ。それもそうだろう。自分の父親がーーそれも五十を過ぎたいい大人がーー体のあちこちに木の枝や葉っぱをくっつけているのは、何というか、見るに耐えない。 恐らく今しがた出掛けて行ったパシフィカの後をつけるための偽装<カモフラージュ>だろう。迷彩装束という主に偵察や待ち伏せに使われる衣装だがーーそれが単体で家の中に居座っているとなんとも滑稽である。 「あいつももう子供じゃないんだから、善悪の判断ぐらい自分で出来るだろう」 子供染みたユーマの行動を、どうやって止めようかとシャノンは頭を振る。とても十代後半の青年とは思えない程大人染みた物言いだが、彼の場合それが様になっているから大したものだ。 「……シャノン?」 そこへ彼の双子の姉であるラクウェルの声が掛かる。彼女はずっとこの二人のやりとりをニコニコと眺めていたのである。自室に籠もっていた彼女だが、やはりパシフィカの変化には多少なりとも気に掛けているのであろう。パシフィカが出掛けるや否や、一階の店へと降りてきたのだった。 「……父さん、もう行っちゃったけど……」 「ーーああもう!」 シャノンは頭を抱えたくなるのを堪え、父の後を追った。 |