底奥に眠る彼女の心





キッチンで晩御飯後の食器を洗っている雛を隣で手伝いながら、快斗は横目でその姿をちらちらと見ていた。



週末は青子と出掛ける約束だ。遊園地と予告現場の両方をやり過ごし…なんとしても怪盗キッドの正体を隠し通さなくてはならない。



(青子と出掛けるなんて言ったら雛は誤解するよなー…、でも少しはやきもちとか妬いてくれたら嬉しいんだけど///)



それこそ最初は青子との約束を断ったが、正体がバレかけていることもあって了承した。



──まずは、週末の不在を雛に上手く伝えることだ。

後になって青子と出掛けてたなんて知れ、変に思われるのも困るからな。




「ぁー…雛、今度の休みなんだけど……俺出掛けるから、」



「…うん、青子ちゃんとデートでしょ?」




「──い、いやいやいや!! デートじゃねぇしっ」



「ぇ…、でもトロピカルランドに行くんじゃ…」



(青子の奴、バカ正直にそこまで言ったのかっ;)



がっくしと肩を落とす俺を、雛が不思議そうに見やる。ちょうど洗い終えた水を止めて、タオルで手元を拭いていた。



「???」



「あのなぁ…中森警部の捜査に関係あるって言うから行くだけで…、デートじゃねぇよ!?;」



そう。雛に誤解されたくないと誘いを断わると、青子はキッドのことを伏せたまま「仕事協力」だと俺を説き伏せたのだ。



(それに乗った俺が、理由にしても問題はないだろ;)



ぇ、と固まる雛の手を掴む。

なんとなく、触れたら伝わるんじゃないかと思った。




俺を見る少し上目遣いになった可愛らしい彼女の瞳に、相も変わらず俺の心臓は煩い。



それに後押しされるように、思わず口を突いてしまった。




「…デートなら、俺…雛としてぇんだけど、///」



「…ぇ、?」



(よし、俺言った!!///)



普段から食材や日用品の買い出しには付き合ってはいるし二人で出掛けられて楽しいが、あれはデートじゃない。



戸惑ったままの彼女の白い手をそのまま唇に運んで口付ける。



(話は逸れたが…ここまですれば、いくら鈍い雛でも俺の気持ちに気付、く…って…?)



目線だけちらりと雛に戻すと目許は伏せられていて、赤く色付いていたはずの頬は強張っていた。



「…放して、快斗」


「──、」



拒絶の言葉に思わず力が抜けると、雛はするりと手を戻して俺の横を通りすぎた。


ぱたん、と扉を閉める音だけが響いて彼女がキッチンを出たことだけがなんとか理解できる。



(嫌がられた…。今まで抱き締めてもただ赤くなってた雛に…。手に口付けたのだって、キッドの時は嫌がられなかったよな…)



「…じゃぁなんで…あんな顔すんだよ…、」



確かに…傷付いたような、困った顔だった。



初めての拒絶に呆然となる快斗は天を仰ぐように天井を見上げ、二階に上がった彼女を想った。





* * *





自室に飛び込んだ雛はそのまま床に座り込み、目の前のテディベアを抱き込んだ。


小さなランプ型のライトが足元で淡い光を灯している。



「──っ、」



やってしまった。



(なんか…嫌だった、)



青子は自分と違って、快斗の事をちゃんと疑わずに信じてる…その青子と出掛けるというからデートだと思っていたのに。



そんな話の直後にいきなりデートに誘われて…耳を疑ったが、反応した心は確かに飛び跳ねた。正直、少し嬉しかった。



かと思いきや、以前聞いた高校の女性教師にしたように、快斗は自分の手を取って軽々と口付けた。



青子と同じように出掛ける話をし、教師と同じように口付けられたのかと、心が氷を落とされたかのように冷たくなってしまった。




(やだなぁ…なんか嫉妬してるみたい、)



彼の行動に合わせて二転三転する心が、複雑にもつれていく。



──快斗だと思っていたキッドが手に口付けた時は、驚きと羞恥で頬を真っ赤に染め上げた、ただそれだけだったのに。



靄が広がる胸中が痛む。



(もう、なんか色々あって解んない…)



ぎゅ、とぬいぐるみを抱き締めると、ふわふわの毛並みがくすぐったい。



少し熱くなった目尻には気付かない振りをした。





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