快斗は意地になっていた。 雛が拒絶を見せた翌日、明らかに何かを隠しているような面持ちで謝罪の言葉を告げた彼女。 もちろん、雛に甘い快斗は何も言わずに紳士としてそれを受け入れたのだが。 幼い頃からの一途な愛が届かない現実を、受け入れられはしなかった。 ――今、快斗はキッドの純白な衣装の上に真っ黒なマントを羽織っている。 某建物の屋上で暗闇の中に立つ自分の姿は、誰にも気づかれることはないだろう。 目と鼻の先には、こっそり抜け出した自分の家…つまり雛がいる。 狡いとは思った…しかしそれでも快斗は欠片でも雛の気持ちを知りたかったし、少しでも彼女に触れることを望んでいた。 (…我ながら「キッドとして行く」っつーのも妬けるけどな、) 隣は青子の家だ。間違ってでも誰かに見られる訳にはいかない。 幸いにも雛の部屋のベランダは、通りや青子の家からは見えづらい。後はタイミングを見計らうだけだ。 深呼吸をしてポーカーフェイスを再度意識する。 ぐ、と掴んだ黒のマントを翻して脱ぎ捨てると、広げた翼を風に乗せた。 * * * 柔らかなベッドの上で小説を読んでいた雛は、ふと宙を見上げた。 (…いま、何か聞こえた?) 小説を読み始めると他の音が聞こえなくなってしまうのは長所であり、短所でもあると思う。 熱中して本の中の世界に身を投じられるのはとても楽しいことだが、つい時間を忘れて周りのことも疎かになってしまうのだ。 するとコンコン、と何かをノックする音が聞こえる。 (ぇ……窓…?) 聞き間違いじゃなかったのかと栞を挟んだ本を横に置き、身体を起こす。 怖さもあって一瞬迷ったが、鍵がしまっていると自分に言い聞かせながら、恐る恐るカーテンの外を覗いてみた。 「―――、キッド?」 「今晩は、雛嬢」 きょとん、と一瞬可愛らしく首を傾げて固まった雛を見て、キッドは思わず口許が緩んだ。 しかし慌てて等身大以上の窓ガラスの錠を開けた彼女は、ガラリとそれを開けて俺を中に引きいれた。靴で室内を汚さないように気をつけて、彼もそのまま中に入る。 「こんなところで何してるの!?…誰かに見付かったりしたら、」 「貴女に会いたくて…つい。いけなかったでしょうか」 「だって…、隣の家は…」 「ええ、中森警部のご自宅かと。我ながら危ない橋を渡りました…室内に招き入れていただき、ありがとうございます」 「〜〜〜っ、」 にっこりとモノクル越しにほほ笑めば、なんともいえない表情をした彼女が口をパクパクさせている。 「くくっ…、貴女に会いに来たのは本当ですよ。この間のように会いに来てくださるのは嬉しいですが、夜道を歩かせる訳にはいきませんから」 「…その節は…眠らされたとはいえ、送ってくれてありがとうございます///;」 「愛しい貴女を送り届けるくらい、なんてことはないですよ」 小説の置かれたベッドに彼女が腰掛けるのを見届け、その手を取って跪いた。 何もしていないのにピクリと反応するそれは、やはり何かを感じ取ったのだろう。 「どうかしましたか?」 わざとらしい問いだったかと思ったが、ふるふると首を振る彼女は、それでも少し表情が曇ったように見える。 「…雛嬢、?」 「……キッドは…誰にでもそういうこと、するの?」 今度は俺が固まる番だった。 (…それって、どういう意味だ?) キッドを想う雛が妬いているのか。 こういった行動に嫌悪感を示しているのか。 快斗を想う雛が妬いているのか。 (…希望は最後だけど…俺、誰にでもしてる訳じゃねぇよな…?;) 少なくとも、そう彼女に誤解されるような行動は取っていないつもりだ。 「…生憎、私は雛嬢に一目惚れをしてしまいましてね。貴女だけの心を盗むのに必死なんですよ」 「……ふふっ、嘘ばっかり。噂通りの気障な怪盗さんだね」 跪いたまま、冗談だと笑う雛に真剣な眼差しを送る。 「──いや。貴女が信じてくれれば、全部本当のことだ」 「──っ、」 きゅ、と小さく握り返された手に落とされた彼女の瞳が切なげに揺れた。 「…ありがとう、キッド」 哀しみと切なさを押し殺して、それでもくすぐったそうに笑った雛を見て、どうしたら俺自身で満たしてやれるだろうかと強く思った。 戻る |