狗に於ける価値とは如何なるモノか

「全員下がれ。樋口もだ」
「何故です!芥川先輩!」
「喰われるぞ。味方殺し等僕は好まぬ」

怪死、変死、自決...と件の書類に刻まれた死因。
突き止めるまでに数多の者が死に伏したとされる奇奇怪怪な事件の容疑者は、黒巫女を模した様な服装をして居た。

「貴様...笹川か」
「ええ。笹川祐希と申します」
「お初にお目にかかる。僕は―」
「ポーツマフィア遊撃隊、芥川龍之介、さん」

此処にまた、新たな遺体を見た。
今日此れから取引する予定だった何処ぞの財閥に属する狗たち。ブツは...成程、未だ未回収で近場に放られている状態。件の連中は一目で自ら喉笛を掻き切って居ることが判る。何時もの自決装い、か。

「此れは、貴様の所業か?」
「見ての通りです」

此の程、多くの財閥から捕獲命令が出されていた。
懸賞金は人虎程に無くとも各財閥から掻き集めても数千万。野放しにすれば更に上がるだろうが被害は懸賞金を優に超えて来ると計算されている。
「黒巫女は死神だ」と震える雑魚を見るのも悪くは無いが、其れで居ては商売にならぬ。邪魔する輩は万死に値する。

「では...大人しく捕まれ」

が、捕獲命令とは生け捕り。生け捕りとは、生きて居れば其れで善いと云う事。
であれば、最低限の生命だけ残されておけば善い、と云う事―


『蜃気楼・鏡映』


――鈴の音が、

「耳を塞げ!音を聞くな!」

鈴々、鈴々と響く。
鉾先舞鈴を構え、此方に向かい振る。その度に鈴は鳴る。景色が、ゆらゆら揺れる。

「.........もう遅い」

桜、桜が見える。奴の躰が深々と桜の花弁の様に散らばってゆく。
景色が揺れて舞う花弁が徐々に徐々に、深々と点々と至る場所に奴の躰を産み出してゆく。此れでは確かに其れが何で此れが誰なのか分からない。

「だが、」


『羅生門』


「所詮は幻。所詮は瞞し」
「.........ッ!!」

花弁舞う空間に亀裂が入り、黒獣が奴を捕らえた。只捕らえただけで無い。身動きが取れぬよう何本か骨は折らせた。
奴の商売道具が無残にも床に落ち、幾つか鈴が砕けたのを確認。其れを追うように本人もまた床に伏した。

「僕の黒獣は空間を含む凡る物を喰う。切り裂ける。無論、蜃気楼も」

呻く声が聞こえる。ならば僕の声は聞こえているだろうか。

「運べ樋口」
「は、はい!」



今迄に何人殺めたか、数多。
今迄に何度其の事を後悔したか、一度たりとも無い。
死を目前に何を考えるか、魂の解放―


「骨は接いだか」
「......綺麗に折って頂いたので」

添え木が外れる頃、奴の商売道具を片手に部屋に入る。
エリス嬢と戯れる日々は此れで終いだと告げれば俯き、少し口角を上げた。

「お前も狗だ。価値を生み出せ」

差し出した鉾先舞鈴を受け取ると奴は云った。

「己にどのような価値が生み出せる事か」


2016.06.18.

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