生ける術は只一つ

生か死か―
何時の世も誰に於いても現世に存在する以上、己の選択肢は二択しか無い。逃げ道は無い。
私も又二択を迫られ、一度は目を閉じて開いた瞬間に選択した。生きる事を。

歓迎は、されなかった。


私の教育係で上司となったのは当然だが彼だった。
空間を含む凡る物を喰う能力があれば、私の創り出すモノ等全く意味の無い代物同然。だから、必然的に教育係が中也さんでは無く彼となるのも納得で事を素直に受け止めた。だが、

「十を越える財閥解体に於いて殺めた数は?」
「数えて居ないから分からない」

「財閥からの刺客を屠った数は?」
「其れも数えていない」

「異能以外、使える武器は?」
「無い」

「.........中也さんに体術を習え」


以上。指導終わり、だ。


「分かりました」

異能以外に才は無いと判断されたのか。其れに相違無いけど自分は教えてくれないのか、と思った。
話の途中、彼は何度も咳き込んでいた処を見ると体調は芳しく無いらしく、よくよく見れば余り良い顔色をしていない。病の類に違いないが生憎、私は医者では無いため詳しくは分からない。ただ、良く無い事だけは分かる。

「.........町外れに優秀な薬師が居ますよ」
「要らぬ節介。僕に指図は不要」

だ、そうだ。
おそらく年下だろう彼には年相応の可愛らしさと云うモノは備わって無いらしい。

「失礼しました」

其れでも彼は私の上司。非礼を詫びて頭を下げるのが道理。
その光景を先輩である樋口嬢が見ているのに気付いているが、彼女は特に何も云う事無く只此方を睨むばかり。成程、組織たるものはこういう具合に上下が存在するのか、と勉強にはなる。

此処では、実力が物を云うようだ。


さて、体術ときたか...と半ばうんざりしながら歩く道中、後ろから少しずつ近付く気配に声を掛けるべきか否かを考えた。
気配は...二つ。一つは樋口嬢、もう一つは...其れより遠く現状でははっきりしない。監視なのか尾行なのか...どちらにしても御粗末な行動に口元が緩む。

「......体術は得意?」
「!」
「生憎、私は得意では無い」

振り返った先には案の定、樋口嬢の姿。
物騒にも銃を構えているとは思いもしなかったけれど、其れに意味は無い。

「撃つ心算ですか?樋口嬢」
「.........試しただけです」
「では...私の異能も試しますか?」

永きの相棒、母より受け継いだ鉾先舞鈴を構える。
私には武器も体術も必要無い。この力だけで生き、敗北は只の一度だけ...少なくとも今の樋口嬢には勝機は無い。

「.........冗談です。失礼しました」
「.........っ」
「ですが不用意に私に近付くと巻き込まれます。そうなった場合、私は貴女を助けないでしょう」

助けを乞うた事は無く、助けを乞われても響かない。
其れが永きに渡る私の底。人では無く、空間を視る私の心。

「私は彼ほど優しくは在りません」
「え?」
「気付きませんか?殺気が増した事...」

後ろです、と云えば樋口嬢は慌てて振り返る。その先には...彼の姿。

「適わぬと伝えた筈だが」
「す、済みません...」
「ついて来い祐希。気が変わった。相手は僕がしよう」

体術で?否、異能で。
強者は弱者を支配する...次は何本骨が残る事やら。
出来る限り、骨を残せるよう策を練る時間が果たしてあるのだろうか。


2017.02.06.

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