奈落の底は何色也

或る時、人形のような女の子と出会った。
人形のような...と言えば首領の大事なエリス嬢も西洋人形のようだが、そうでは無く東洋は日本人形のような女の子。彼が連れて来た。

「.........名は?」
「鏡花......泉鏡花」
「私は笹川祐希」

宜しくする気は無いらしい。
奈落のような眼をし、ただただ私を見る。其れ程珍しい者でも無いと言いたい処だが、此処には女性は少ないと聞く。余り気にした事も無かったが、確かに女性の姿は少なく、ましてや幼女はエリス嬢以外初めて出会う。

「.........何が珍しい?」
「珍しくない」
「では、私の顔に何かついてる?」
「ついてない」
「では、何故ジッと私を見る?」

奈落の底のような眼で。

「.........何人殺した?」
「此処へ来てから其の質問は何度も受けたわ」


今迄に何人殺めたか、数多。
今迄に何度其の事を後悔したか、一度たりとも無い。
死を目前に何を考えるか、魂の解放―


「私は三ヶ月で18人殺した」
「そう。其れは大変だっただろうね」
「貴女は其れより多い?」
「.........多いよきっと」

部屋に一人居れば一人。二人居れば二人。より多くの人間を集めて居たならば...全て鏖。
人数ではなく空間。私は空間を壊して来たと考える。つまり、其の空間に居合わせた者の数だけ死んだ事だろう。
いちいち数を見た事は無い。現場も把握した事も無い。其れが仕事で、其れが全て。

「興味あるの?私に」
「無い」
「そう。私も...お嬢さんに興味は無い」

人への興味など、失せて消えた。だけど、

「御近付きの印にあげる」
「?」
「櫛よ。その黒髪...きっとエリス嬢より似合う」

私の荷は少なく着の身着のまま生きた。そして、彼女も又同じように思えた。
見覚えのある奈落の底のような眼。其れは私も同じ。だから興味は無いが見てしまう。

「.........有難う」

其れは、母のまともな形見だった。


「アレに興味があるのか?」
「無い」

壁に凭れやり取りを傍観していたらしい彼が擦れ違い様に問うたので答えた。
興味は無い。ただ見覚えのある眼を持つ彼女を見て一握りの憐みを感じただけに過ぎなかった。

「お前もアレに同じ」
「.........」
「光など無い」

憐み...そう、可哀想な子だ。
裏に、闇にしか生きられぬとあの年で思い込み、善悪付かぬ内に数多の人間を手に掛けていけば...光は消える。黒にも似た赤が視界を覆い、色は失せて...気付けば何も無くなってしまう。最初に有った筈の罪悪感は露程も無くなってしまう事だろう。其れでも、選ぶのは自分。

「其れを決めるのは貴方では無い」

私は其れを選んだだけ。

「所用が有るので失礼します」

中原さんに頼まれた調査の仕事があった。
ごく個人的なもので有ろうと仕事は仕事。私は、狗に過ぎないと云ったのは彼だ。

「.........狗は口答えをするな」
「ならば轡のご準備を。狗とて、掌を返す事も有りましょう」


2017.02.07.

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