ベッドで寝っ転がっていると、ノックの音が聞こえた。その音の発信者は、考えるまでもなく。
「化け物殿。エルヴィン・スミスだ」
「はいよ」
ドアを開けて、自ら招き入れる。
「わざわざご足労いただき申し訳ないね」
別に私の方に用事があるわけでもないけどさ。半ば嫌味だ。
「いや。私が出向くのは当然…と言いたいところだが、君をあまりここから動かしたくないというのが実情だ」
「ふーん…」
ぶっちゃけたところをストレートにぶつけてくるのを意外に思いながら生返事を返す。
この部屋に椅子なんてものはなく、私はベットに座った。エルヴィンは直立不動で立ったまま、私と目を合わせて口を開く。
「それと、大勢の前で化け物殿と呼ばれたくないのであれば、名前を教えていただけないだろうか」
あー、うーん。本名を名乗るべきか…?まあ別にこいつになら名乗ってもいいんだけどさあ。
というか、さっき名乗るほどの名前はないとか格好つけたのに名乗るの気まずすぎるな。過去のことは忘れよう。
「じゃあ、ササキ、で。変に敬称とか付けられても目立つだけなんでその辺の兵士と同じように呼んでください」
「わかった。では、ササキ。本題に入らせていただこう」
まあ、こんなのが本題のわけがないよな…。こちらとしてはさっさと追い出したかったが、そんなことをして私が調査兵団を追い出されたら元も子もない。
「君の、目的についてだ」
そう言われた時、内心ビクッとした。チョロすぎるだろう私。
「さっきの話聞いてなかったの?もう一回言う?」
「単刀直入に聞くが、」
無視かよ。
「君はなぜあのタイミングで出てきた?人類が勝利し、士気が高まっているであろうあのタイミングに」
「…頭が悪いから、どれが最適のタイミングか分からなかったんですよ」
「次に、」
聞けよ。
「死体と巨人を食べたいだけなのであれば、調査兵団の後ろからついて来ればいい。なにも団の内側に入る必要はないはずだ」
「それは…」
咄嗟に言い訳が出てこない。このあたりに、頭の回転の速度の差が出てきているようで腹が立つ。
「三つ目。先程のタイミングの話とも重なるが、調査兵団に脅しをかけるのならリヴァイが不在の時を狙う方が成功率が高いだろう。わざわざあいつが目の前にいる時を狙ったのはなぜだ?」
「知らない誰だよそれ」
ダメだ、熱くなるな私。戦闘力的に圧倒しているはずなのに、会話の指導権を握られていて気持ちが悪い。
「そうだな、本当に知らない名前を突然言われた場合、多くの人間は即答せず一瞬は考える。即座に反応できる名前は、知っている人間の名前のみだ。それが人間でない君にも当てはまるのかどうか、確証はないがどうだろう」
「いや私、は…」
言葉が続かない。当たり前だ。リヴァイを知らなかったわけがないんだから。
「改めて聞こう。君の目的はなんだ?」
ぐうの音も出ない、というのはこういうことを言うのだろうか。思考回路はぐるぐる回るが、言うべき言葉はもう何も見つからない。いっそのことこいつを殺そうか。それで、あいつをさらって、どこか遠くの人のいない山奥に二人で生きようか。
「リヴァイを、殺すことか?」
「違う!」
反射的に、噛みつくように答えていた。でもそうだ、リヴァイと二人で生きることはできない。そうなると私は、リヴァイを食べる以外の選択肢がなくなる。最初のように、非常食として。
あいつと二人きりで暮らすのなら。あいつを殺すのは私だろう。
「ちがう…ちがうよ。私は、あいつを…」
ここで、言ってしまうことでこの後何がどうなるのか、頭の悪い私にはさっぱり分からなかったけれど。
言ってしまうこと以外に、道はないように思われた。
「…守りたかったの」
そのはず、なんだ。
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