5輪目

 

 内通者がいるのかもしれないね、とコムイは深刻な顔で言った。


「イノセンスを持ち出す帰り際に狙われることもあるし、待ち伏せされている風に感じることもある」


 数回だけのことだけど、それは見過ごすことが出来ない回数だと思うと彼は語った。


「まだ、誰なのかもわからない。居るのか居ないのかもね。そもそもみんなのことも疑いたくもないけど」

「僕たちのなかに? ……まさか」

「でも、あり得るかもしれませんね」


 リズは考え込む仕草を見せる。アレンは動揺をしながらも、自分の行動を思い返す。だが、怪しい動作をしている者はいないように思える。彼女は続けていった。


「敵の反応を見るに、私たちがイノセンスを確認するのを待っていたかのよーに、現れることもあるみたいですし」

「リズちゃんもそう思う?」


 頷きながら、リズは話を進めていく。コムイもそれにならって言葉を返していった。討論において行かれ気味のアレンは、2人の話を聞いて考え込んで頭の中をひっそりとぐるぐるとさせた。その間にもある程度の確認を終えた2人だったが、話を詰めていくうちにその場に居る者の中に共通の疑問が浮かんでいた。内通している者がいるかもしれない事、そしてそれは多分間違いではなさそうな事。では。

 ――いったい誰が?

 コムイは目頭を押さえながら、背もたれに寄りかかると椅子に深く腰をかけ直す。


「やめよう、らちが明かない。居ないかもしれない者の存在を話していても意味がないよ」

「そうですね。……では、私はこれで」

「ああ、この件は僕が預かるから皆には内密にね」

「分かってます、大丈夫です」


 アレンは、はっと気を取り直す。そして「失礼しました」と出ていく彼女に続いた。







 少女はいったん部屋に戻ると、ドアの内側で大きく息を吐いた。

 ――面倒で、うっとうしい。

 内通者だなんて、大げさな。そんなものどこにでもいるだろうに、と。彼女は廊下の気配をうかがいながら、誰もいないことを確かめると少しの時間をおいて外に出る。足早に通路を行きながら、街へと出るための道を探った。
 ファインダーといえど、自由に出入り出来ないことになっている教団から外部へとちょっとした"私用"ででたい時なんて山のようにあるし誰もがそうだ。そんな時、彼ら誰が知っている通路を通れば、かなり高い確率で誰にも会うこともなく教団を出ることが出来た。抜け道を使いながらためらいもせずに教団から外へと向かうと、目印の建物から3番目の細い道へと下った。すぅっと息を吸うと男の名を小さく呟いた。


「ご苦労様」

「嫌々やっていることですから、気になさらずに」


 気配もなくやってきた男に心底嫌だという風に毒づいた彼女。頭の中を整理すると早口にまくしたて。


「次は×××と×××。あと××の××もそうみたい」


 この姿の男がかけた厚ぼったいレンズの丸メガネでは、目の奥を覗くことが出来ないのが彼女は嫌いだった。髪だってもしゃもしゃとしているし、身だしなみという言葉を教えて差し上げたいものだ。


「いつも悪いな」

「いーえ、別に。貴方が約束さえ守ってくれるのであれば」

「こっちの"俺"は分からないが、あっちの"俺"は約束は守るぜ?」


 嘘にまみれた言葉には慣れてきたが、そんなもの信用できるものかと彼女は鼻で笑う。でも今はこの男にすがるより他はない。


「――もう時間だ、それじゃあな」


 ふっと妖しげな麗しさを携えたような姿に変身する男。この姿ならさっきのセンスの欠片もないダサメガネより誰もが振り向くに違いない。男は左手をひらひらと振り、彼女に背を向ける。


「――今なら、殺してしまえそう」

「……無理だろうな」


 彼女は構えかけた手を下す。まったくもってその通り、無意味なこと。もとより男を殺してしまえても、まだまだ敵は多くて自由には程遠い。


「ごめんなさい、聞こえちゃいました? 冗談ですよ」

「どうだか」


 男は彼女のもとにすっと近寄ると、首に人差し指と中指をあてて優しく真横に一線する。つぅ、と赤い筋が彼女を伝った。


「はやくいかないと、人を待たせているんでしょーに」

「誰のせいで時間を食っているとお思いで?」


 美しく微笑む男だが、若干殺気ばっている。彼女と男の立場の違いなどこんなものでほの暗い。男はいった。


「お嬢さんのことなんて、いつでも……」


 


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