七光

 


「こんなに連続して、化生が出ることは無かったのに」


 だって、それはあいつと私の、契約で秘密だった。だから。



―――*−*−*―――




 勾が化生へと近づくと、それを見計らったように化生――アクマはくるりと背を向け、来た方向へと戻っていく。確かあちらへ行くと、森を抜けてしまうはず。神田のことが気になるが、あのまま桜の木の近くへ止まってくれるといいのだが。みたところでは多少、刀を扱えることに加えて体力があるらしいが、万が一ということもあり得る。
 教団や、エクソシストといった存在を知らない勾にとって、彼は普通より強くあれど、あくまでも一般人。この状況に巻き込んではいけない人物という認識が、ぶれることは無い。一般人を、巻き込んではいけない。巻き込まないために、勾がしなければならないこと。

 勾の前に化生(アクマ)が出てきたら、それを倒すということ。

 それが、勾とあいつとの約束。頻度が高くなったことに気を取られて、怯んでそれをおろそかにすれば、今までとこれからが無かったことになる。


「止まって下さい、……お願いですから」


 懇願しても、止まってくれることは無いし、分かっているから足も止まらない。必死になって追いかけて、随分走ったと推測するが、一体どれくらいの距離を来ただろう。多少息が切れて苦しさを感じる。浅い呼吸を繰り返して、脳に酸素を供給しようと努めた。少しは楽になった気がする。


「……ッ、」


 ぼこぼことしている道に、このあたりはそういえば足場が悪かったのだと思い起こす。知識として覚えていたところで、何にも役には立たないからしょうがない。片手に持っている刀のせいで、バランスが取り難い。体勢が崩れそうになり、あわてて立て直そうとしたところで、勾はアクマの動きが段々と遅くなっていることに気付いた。追いかけっこは終わり、ですね、なんて考えながらしっかりと地面を踏みしめる。
 汗ばむ掌から落ちそうになる刀を持ち直す。戦えるか、ではなく、戦わなくては。


「お相手、よろしくお願いしますね」


 挑戦的な台詞を理解したのか、していないのか。勾がアクマに対して持っている情報は、彼らにも知能の高低があるということだけ。どのアクマがどの程度の知恵を持っているのかは、その場その場での判断でしかない。結局は知恵比べに勝てば良いのだから。
 跳びかかる勾の攻撃をよけることもせず受けるアクマだが、たぶん情報を処理できずにいるだけ。きっと、よけることをしないのではなく、出来ないのだ。このアクマの頭は、弱い。







 勾が、初めてアクマを見たのがいつだったのか、正確な日付は覚えていないし、その頃の記憶はおぼろげだ。割と最近だったような気がしないでもないが、幼いころだったような気もする。最初に思い出すのは、目の前で壊されている誰かと、その誰かから今まさに体中の皮を剥ぎとっている化け物がいること。その時、勾は桜の花びらを目で捉えていたから、近くにあったのかもしれない。まだ微かに息のある誰かは、かろうじて見えているらしい目で勾のことを捉えると、「ごめん」と声を絞り出した。加えて、逃げろ、と。次に浮かんでくるのは、自分がその化け物――化生(アクマ)を見下げて、刀を突き刺そうとしている場面。

 ――そして、おぼろげになり、最後にあいつと約束事。理不尽で、自分勝手で、自己満足な、契約。


「大切なもの以外は、切り捨てろ」


 その日から、勾は、神さまになることを決めた。



 


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