八光



 こんなに連続して、化生が出て来ることは無かったのに、と勾は言った。神田は勾がアクマをそう呼んでいるらしいことを理解して、その口ぶりはまるで前からアクマを知っているように感じられた。そういえば初めから、そういう態度をとり続けていたようにも。
 しかし、勾の口から教団だの、エクソシストだのと言った言葉が出て来たことはない。ということは、だ。協力者の類いではないのだろう。果たしてこちらのことをどこまで知っているのか、また、まさか神田に仇なす存在ではあるまいか。神田がぐるぐると柄にもなく考え事をしている内に、勾はアクマの方へと駆けていた。先を越された、そう思った時にはある程度の距離が出来ており、神田も迷わずに両者の姿を追いかけようと、


「うわあああああああああ!!」

「……ッ、何だ!?」


 勾が駆けて行く方とは逆で、喉から絞り出すような悲鳴が聞こえてきた。アクマと勾を追うか、大きな声のもとへ向かうか。迷っている暇は無い。考えるよりも先に、体は金切り声へと動いていた。
 やっかいごとが増えやがった、と思わないでもないが、切り捨ててしまえるほど情に薄いわけではない。桜から離れたら離れるほど、寒くなる気温も全力で走るせいかそうは感じなかった。掠れた悲鳴が止まり、断続的な言葉が聞こえてくる。近くに行くと、それは男のものだと理解が出来る。悲鳴の主とは同一人物か、と誰にでも分かることを考えていたところ、神田はようやく男が上げた悲鳴の理由を目の当たりにした。


「なんだ、止めろ……、お前は……来るなああああッ!!」

「馬鹿がッ、はやく逃げろ!」


 出来あがったばかりのソレは、低く唸り声を上げて。やめろ、と男が後ずさるたび、ソレは男を追い詰める。神田は六幻を抜刀後、男とソレ、つまりはアクマの前に割って入った。
 アクマを成立させるには、伯爵を介した儀式を行わなければならない。一つは故人の魂を呼び戻すこと、そしてもうひとつ。文字通り、人の皮を被らせることが必要だ。未完成でどこか機械的なソレは、成熟しきっていないものを想像させる。呼び寄せたのは、この男で、儀式はまだ――終わっていない。


「助けてくれ、まだ、死にたくない」

「自分でまいた種だろうがッ、ごたごたわめくんだったら初めからこんなことしてんじゃねェよ!」

「知らなかったんだよ! 名前を呼ぶだけだって……、こんな物だとは本当に知らなかった!」

「うるせェ、はやくそこを退けッ!!」


 男を押しのけた途端、アクマが嘶き男へ飛ろうと足を曲げる。へたり込み、なかなか逃げようとしない男をより後方へと押しやりながらアクマを薙ぎ払った。あっさりと倒されたアクマに、こんなものかと物足りなさを感じつつ男の方を振り向く。神田と目が合うと、男はビクッと体を跳ねさせた。


「な、なんだよッ、自分は聞いただけで本当に知らな――」

「聞いただけ、だと?」

「そ、そうだ! 嘘じゃない! あんな物、自分は知らない……ッ!」
 

 アクマを出したのは男自身であるし、姿形こそ違えどあれは男が愛した何者かであるというのに。
 男が繰り返す、自己保身だらけの言葉をウザったく感じながら。神田は安易に呼び戻しへと手を出した男へ苛立ちを隠せない。いつだってこいつらは自分勝手だ。さっさと行け、と男へと促すと、硬直している体を必死に動かし、アクマに願ったのと神田からも遠ざかりたいと感じた。

 そのときだった。

 逃げる男の前に立ちふさがるように、見覚えのある顔の人間が立ちふさがったのは。


 ――困るんだよ、その男が村に帰ってしまうのは。とでも言うかの如く。


 ぽつり、雨が降って来た。


 


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