五光



「あと少しで着くと思います、そう遠くはありません」

「…………」


 念押しするように、もう一度いう彼女。もっとも神田の返事など初めから求めていないようで、その顔は前を向いたままである。

 勾のことを信用している、というわけではないと思う。しかし彼女の言うことにはすんなりと聞けてしまう。勾には有無を言わせずに、是といわせてしまえる何かがあるのかもしれない。
 神田の隣で進行形で、にこにこと楽しそうに笑う勾の考えていることは良く分からない。第一には出会ったばかりなのに、理解しようとすることが間違っているのかもしれないが。

 村は、現在がだいぶん遅い時間であるので、ぽつぽつとした明りしか付いていない。勾は物色するように村の中を見回しながらふと足を止め、何かを呟いた。


「……ここで、いいかな」

「――おい、待てそこは」

「心配せずとも、大丈夫です。神田さんが気に病むことなど、ひとつもありません」


 ……微妙に成り立たない会話にいちいち反応していたら、神田の気がもたない。ある意味勾は神田の天敵と言えた。
 明りがついていない、イコールして寝ているという方程式が成り立つはずだが。彼女の知り合いか何かの家なのだろうか、トントンと家の戸を叩く手には躊躇いが無かった。一定のリズムを刻むたびに勾の刀と腰ひもが擦れて、カチャカチャと音を立てて多少耳にさわりが悪い。


「すみません。客人があるので、扉を開けていただけると助かるのですが」


 当然のように反応を返さない扉が、家人が寝静まっていることを証明している。後にも声をかけたり、戸をたたいたりといった作業を続けるものの反応を返さない家の主に対し、勾は頬に手をあて、困り顔で眉を寄せた。


「――困りました。全く気付いてくれませんね」


 じゃあ隣を、と勾が家に背を向けたのを見計らったようなタイミングで玄関先の明りが灯った。ガチャっと鍵をあける家人が勾と神田に顔を見せるまでそう時間はかからなかった。
 出てきたのは見覚えのある男だった。それは、神田が桜をみて初めて会った、あの男。酔っているのかやたらと声が大きく、眠っているのを邪魔されたためにえらく不機嫌だ。男は舌打ちをしそうな勢いで、「今が何時だか分かってやってるのか」と激昂しようが勢いこもうとするが、勾の顔を見た途端にひっと声をもらす。


「そうですね……、深夜だとは思うのですけど正確な時間はなんとも」


 との勾の声を聞いた途端に青ざめながら口を閉ざした。こころなしか、神田には男が震えているようにみえる。どう取り繕うかという風に視線をさ迷わせ、


「こ……、こちらへはどのような御用で……?」

「はい、お客さんがいらっしゃっているのですが、泊まるところがないようで。もしよければ、あなたの家に今晩だけでも」

「今晩だけと言わず、いつでもどうぞッ……!」


 貴女さまの客人でしたか、無礼を働いてしまってすみません、と急に態度を変えた。へこへこと頭を垂れ出す男に神田は薄ら寒さを感じる。見目だけで言えば、普通の男が何人でかかっても倒せないような屈強そうな彼が十代の、それも少女に向かってわたわたと慌てだす。

 ――見ようによっては、恐れているようにも。

 桜でみたときとの豹変ぶりに、、どういうことだ、と首をかしげようにもさも当然だとでも言いたげにしている勾をみていると自分の価値観が揺らぐ。奇妙な出来ごとに気を取られている間に、会話は終わりを迎えているようで勾が男に向かって「ありがとうございます」と言っているのが聞こえた。けりがつきそうだが、神田としては迷惑をおしてまでここに泊まる道理はないと思ってしまう。どちらか選べと言われたら、当然寝心地のいいこちらを選ぶが、無理矢理にそうするほど気が遣えない訳でもない。


「深夜にも関わらず、申し訳ありません。感謝します」

「いいんです……、いいんです、そんなことはっ……。ですので、どうか、どうか……っ」

「おい、別に都合が悪いようなら、」

「いえ……、違うんです。その方の客人なら無下にするわけにはいきません。先ほどは無礼な態度をとってしまってすみませんでした……ッ!」

「彼のことをよろしくお願いしますね。神田さんもこちらの方がこう言っていらっしゃるのですし、どうぞお気になさらずに。では、また」


 勾が立ち去ろうとして尚、必死に首を振る男に、ますます不信感が募る。男ははっとして、おびえて泣きそうになりながら、あわてて勾の腕をつかんだ。そして神田にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいのぼそりとした声で。


「だから、どうか、どうか、」


 ――神隠しだけは、ご勘弁を。


 


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