四光



 神隠し。神田がこの桜のもとに来てから、初めてあった人間の口からも聞いた言葉。言い去ったあとに、逃げようとしたのを必死に捕獲することに成功した。
 今回のキーワードは枯れない桜だったはずだが、果たして神隠しとそれが関係あるのか――などと考えながら。たどりついたヒント、もといどこか神秘性を窺わせる少女に神田は苛立ちを覚えた。


「だから、なんでお前はここに居るのかと聞いてるんだろうが」

「ですからここに居ることが私の務めであるからだと、先ほどから何度も説明をしているのですけれど」

「さっきから明らかにループしてるのに気付け、この馬鹿がッ!」

「お言葉ですが、私は貴方――神田さんの問いに的確に答えを返す努力をしているはずですが。おかしいですねぇ……、私他人に馬鹿にされたことなんてありませんよ」


 そう。ずっとこの調子である。
 唯一神田が理解できる答えが、少女の名前のみであった。少女の名前は勾というらしい。人をおちょくっているのか、はたまたただ単に常識を知らないだけなのか。怒鳴り散らしても優雅に微笑んで見せるだけで、その裏には何処かの白モヤシのような裏が潜んでいるような気がしない。育ってきた環境が環境であっただけに、神田はそういったものを時に敏感に感じ取ることが出来た。
 神田には自分がなれぬことをしている自覚が十分にあった。しかしてそれが、ファインダーやら、馬鹿兎、さらには認めたくはないがモヤシであったとしたならばもっと上手くやってのけるに違いない。頭の中で「何やってるんですか? そんな事だから、いつまでたっても脳内筋肉のパッツンなんですよ」とアレンの声が再生される。とても素晴らしい笑顔のオプションつきで。脳内での妙にリアル高笑いに神田はこめかみにますます血管が浮くのを感じた。

 彼女は困ったように頭を下げた。


「……怒らせてしまいましたか、神田さん。すみません、あまり人と話すことに、慣れていないものですから」


 そっと微苦笑をする。


「私、こんなに長く人としゃべったことが久しくありませんので。化生のモノを倒すのが、私の務めですから、基本的に人と関わってはいけないのだそうです。――そうしないと、神隠しが起こります」


 化生のモノ、とは即ちアクマのこと。これは先の戦いからも、間違いようのない事実である。しかしそれは置いておくにしても。


「お前、家族はどうした?」

「家族と言われましても……あまり良く、わかりません」


 勾はふっと寂しそうにうつむき、手の甲を見つめた。表情を読むことは出来ないが、神田はなんとなく罪悪感に襲われる。
 一拍、二拍。


「――まぁ、何にせよここで一晩夜をあかすというのも、忍びないものでしょう。神田さんだけでも泊めてもらえるように、村の方に頼みに行きましょうか? 眠りというのは疲れをとるためのものですから。外で寝るのと、ある程度の環境がととのった場所で眠るのとでは、また疲れの取れ方も違うでしょう」

「ああ……。そうして貰えると助かる」


 神田さんもお疲れでしょう? と聞く彼女に、当たり前だと答えそうになる。だいたい、その疲れの一部は彼女の責任のようなものなのだが。それをここで追及しても仕方がないと、頷いた。


「では、一旦村に降りましょうか? 少し歩きますけど、そう遠くはありませんよ」

「何処かに宿があるのか?」

「いいえ。あそこの村に宿はありません」


 こんなに遅くに、身を置いてくれる場所があるとは思えない。無理を言って泊まるくらいなら、別に野宿であろうと構わない。
 そう考えていると、勾が立ち上がり、服の裾についた土を払いながら腰に下がる刀の位置を整えた。


「心配ありません。神田さんなら、皆さんこころよく家に招いて下さいます」


 すがすがしいほどの笑顔に混ざる、薄ら寒い何か。
 いやにはっきりと言ってのける勾に、訝しむ視線をおくりながらも、足早に先を行こうとする彼女に歩を合わせるしかないのだった。なんにせよ、ここで勾と別れてしまうのは、得策とは思えなかった。
 まだこれと決まったわけではないが、勾はイノセンスの適合者なのかもしれないのだから。



 


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