三光


 神田から逃げるように、素早く去った少女。
 アクマの言動からみて、間違いなくあれがイノセンス持ちだ。適合者かどうかは、アクマを斬り捨てたあの刀がイノセンスだったら調べる必要もないだろう。

 ――アクマが虚偽を述べていなければという前提があるが。

 だが、恐らくそれはないだろう。現に、アクマはあの少女によって『倒されて』いる。それにアクマの言葉が嘘でも教団に持ち帰ればすぐに分かる。
 それでは、今、神田がするべきことは何だろうか。逃げた少女と、男の言葉。どちらを優先させるべきだろうか。


 ……あの女の居どころが分からない以上、男の方を探すべきだろうな。


 そう判断すると男が去った方へ歩みを向けた。しかし、その男の行方さえ分からない。村へ向かったという定かではない情報だけだった。
 ということは結局、先ほどの少女を探すのもその男を探すのも、同じ事のように思える。


 ―――では。


―――*―*―*―――



 その少女は、月明かりの下にあった。
 目にうつる姿は神々しく、この場所に居たと表現することをはばかられるほど。
 はたして『あった』という表現が正しいのかは分からないが、少なくとも作り物めいた、彫像のようなその立ち姿からはこちらの方がしっくりくる。

 さらりと肩にかかる黒髪はつやがあり、肌は白く陶器のように透き通っているが、病弱な印象は与えずに少女の美しさを際立たせていた。
 健康的でありながら、白い肌。抜けるような白さ。

 年のころは十七、八くらいであろうか。大人びた仕草の合間にみえるあどけない表情。それによって年齢をはかることも難しい。
 桜の木の上に座って月に照らされている姿は、幻想的で。『この』桜の木にも引けを取らないほど、存在を主張していた。

 そこで。

 少女は神田の存在に気付くと、淡い微笑を浮かべた。
 儚げな少女の様子に、神田は不覚にも、胸が高鳴るのを感じる。


「……あら? てっきり、ここから離れて行ったと思ったんですけれど……。私の勘違いでしたか」

「人間がそう一瞬で消えるわけがないだろうが」

「そうでしょうか? でも、もしかしたらその方はとても速く走れる足を持っているのかも知れませんのに」

「はあ?」

「それでは失礼いたしますね」

「――おいっ」


 再び、逃げようとする少女に向かって神田は叫び、腕をつかんだ。せっかくの『イノセンス』共々、またも逃がしてはたまるか、と。
 ぴたり、と少女は止まり小首を傾げる。困ったように神田の顔を見て。


「ですが、私は人とは関わってはいけないと言われていまして。神隠しに、遭いますよ?」

「神隠しだと?」


 ”神かくしに、あいたくないのならば。殺されたくないのならば”


 神田は男の言葉を思い出す。
 少女は、是と答えた。


「そう、神かくし。なんでも私が人を隠してしまうのだそうです。ここに長居すると、そうなるのだそうですよ」


 ざわり、と風が吹き、少女と神田の髪をなびかせた。



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