二光
男は不吉な笑みを残すと、さっさと帰ってしまった。
こういう時に探索部隊(ファインダー)がいたら、などと考えてしまうが居ないもののことを考えても仕方が無い。
それより、あの男……妙な事を言ってはいなかっただろうか?
『神さまに、殺されたくないのならば』と。
確か噂では『神さま』とやらは、化物を退治してくれるものでは無かったのだろうか。『化物』――と言われて、真っ先に思いつくのが、アクマの存在だ。これから守ってくれることこそあれど、こちらに危害を加えてくる『神さま』とは一体何なのか。
神田は、男が去っていった方を見遣る。
桜に気をとられていたために気づくのが遅れたが、ここから遠くないいところに、どうやら村があるらしい。夜になり暗くなって来たなかを村明りが見えている。
男の言葉の真意を問うために、面倒だが追いかけるしか――、
『キシシシシシ……ッ、見ツケタ、見ツケタ、エクソシスト』
「――チィッ! 六幻抜刀ッ!!」
突如として現れたアクマに半身を捻る。神田は、自分の首を狙って来た何者かの攻撃を六幻で受け流す。振り向きざまに眼にうつる姿はアクマのもので、ケタケタと不気味に笑うそれを嫌悪した。
気を抜いていたわけでは無いが、このタイミングでというのを予想していなかった自分に苛立ちが募る。
神田は険をにじませた。
『これは、思わぬ儲けモノ! イノセンスが"もう一個"。お前を殺セば、伯爵様への良い土産っ』
――面倒だ。
「災厄招来 界蟲"一幻"!!」
男の言葉の意味を問うには、まず村まで降りなくてはならない。そして、ここで道草を食っている場合では無かった。
即ち、アクマが邪魔だ。
『そう熱くなんなヨォ……エクソシストォ』
『そうそう、相棒の言うとおり。まだまだ夜になったばっかりだぜええ? 遊ぼうや、エクソシストォ。アイツのイノセンスと、お前のソレ。二つ持っていけば伯爵様に良い土産!』
――二体目っ……!
ちょこまかとした動きで、一体目でも面倒だというのに、アクマが二体。それも意味の取れる言葉を話す。ある程度の『個性』とも受けることが出来る。
という事は、レベル2か――?
そこで、ふと。聞き逃そうとしていたアクマの言葉が妙に気にかかった。
「ちょっと待て……、今『アイツ』と言ったな……?」
イノセンス、とはっきりと聞いた。ではそれの持ち主であろうアイツとは? アクマがそうはっきり断言するのだから、それはもうイノセンスで間違いないだろう。
『キシシシシシ、そう、アイツ。桜の花の、アイツ』
『イノセンスが二つも揃う。だから、お前は――死ネ』
いくらレベル1からしたら知能が高かろうと、言っていることは支離滅裂である。四方から襲ってくるそれを受けながら、反撃を試みるが当たらない。個々それぞれの動きに加え、二体のアクマは連携が取れている。
当たらず、当てられず。
アクマと神田との攻防戦が続く。
疲れを感じる人間と、それを知らないアクマ。分が悪いのは神田の方だろう。
長く続くと不利になる『可能性』があった。
めんどうだと、かたを付けるために体を前に乗り出したそのとき。
――チリン。
何処からか鈴の音が聞えて来た。
――チリン……チリン……。
段々と近づいてくる、音。神田は自分以外の者の気配を感じ、気をとがらせる。ケタケタと笑ったままでいるアクマは、これの存在に気づいていないようだ。
ざわり。神田は背に風が吹く。
「……何……ッ!?」
「こんばんは、化生のものたち」
黒く、長い髪を風にそよがせながら、その少女は桜の木の上から現れた。月明かりの下に凛としている少女は、薄く微笑んだ。その顔は、逆光で見えることが無い。
少女は、驚くギャラリーを特に気にする風も無く、化生と呼んだアクマと距離を一気に詰めた。腰にさしている、刀をすらりと抜いて見せる。その刀身は少女の身の丈の半分よりは確実に大きかった。
ケタケタと笑い声が響く。
『桜の、アイツ』
『お前のイノセンス、お前のイノセンス、オレに寄こせッ!!』
「嫌ですよ、御冗談を。……散ってしまいなさいな」
二体のアクマの背にまわり込むと、少女は笑うアクマの一体をいとも簡単に横薙ぎに切り裂いてしまう。少女の肢体はがっしりとした肉がついているわけでもなく、振り払えば折れてしまいそうな儚さがあった。その、少女が見た目には重い刀をいとも簡単に振り回しているという事実に加えて驚いた。
「散って、その後は、儚いままに消えてしまいなさい――"紅一ノ型 血桜"」
避ける隙も与えずに、続けてもう一匹のアクマにも横一閃。流れるような動作で、くるりくるりと花弁が散るように。
少女のまわりで吹雪が舞った。紅く光る刀身が、アクマの体に飲み込まれていく。その動きには無駄が無かった。
「お前……ッ!?」
いきなり現れて目の前の敵をさらっていった少女にむけて、神田は茫然としていた自我をとりもどし、睨みつける。なんだこいつは、と。美貌の少女は、深紅の刀をしまいながら、神田のことを見遣る。そしてにこりと微笑んだかと思うと、走り去っていった。
いそいでいる風でもないのに、少女が目の前から消えさるのはとてもはやかった。
それは満月に、近い夜の事だった。
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