一光



 季節は、冬。
 吐く息も白くなり、ちらちらと空から降って来る雪が、服については溶けて浸みをつくる。木々の葉は、次の春へと向けて落ち切ってしまい、景観も閑散としている頃。
 神田は、任務でとある場所へと向かっていた。教団に集まった噂について、調べるために。いま向かっている場所にある、伝承にはこうある。


 ”――その場所には、サクラの神さまと一年中桜の花を咲かせている不思議な木があって。年中、ひらりひらりと舞う花びらの主であるサクラの花は枯れることが無い”

 ”サクラの神さまは化け物を退治してくれる――”


 身の回りで起こる怪奇現象には、イノセンスが関係している場合が多い。そのため、どんなに小さな怪異でも教団が限りなくイノセンスに関係がある可能性が『高い』と判断したとき、誰かがそれの真偽を確かめに行かなければならない。イノセンスに関わりがあるという事は、必然的にアクマに遭遇する確率が増える訳で。常人には対応し難いため、イノセンスの適合者であるエクソシストが赴くことが多かった。
 今回も、そのパターンである。

 ――まぁ、その噂も大概の場合はガセであり、徒労に終わることもままあるのだが。


 さわりと風が神田の髪をなびかせる。どうやら、目的の場所についたようだ。ハラリと落ちて来た薄桃色の花びらに気づき、顔を上げた。


「――これか」


 どれだけ散ってもなお、全ての花弁を落とし切ることが無い、幻想の桜は。



 そこに在る桜は美しかった。御伽の国に迷い込んだが如く、神田でもしばらくは我を忘れさせられて見入ってしまうほどに。それではいけないという事にいたり、周辺を探ってはみたものの、この見た者を虜にさせてしまうであろう桜以外には怪しいものは何も無い。
 唯一、変わっていることといえば、先程まであんなに寒かったのに、桜の近くに来たとたんに寒さを感じなくなったところだろうか。感じなくなったどころか、その外気には温かささえある。吐く息もあたたかくなり、白くはない。

 団服のコートは寒さを防いでくれることも合わせて、とても重宝しているが今はコートのおかげで肌が軽く汗ばんでいた。脱いでしまうことができたらそれで良いのだが、それだと仮にアクマから攻撃を受けた場合に傷が深くなるため、さけたかった。
 神田は苛立つ気持ちを隠そうともせずに、舌打ちをする。

 ふと、背後に人の気配を感じた。ざくざくと土を踏む音にそちらを向く。年の功は四十から五十くらいだろうか――のやせた男の姿があった。男は神田の姿を認めると、何かに怯えるようにびくつきながら周囲をうかがうような仕草をすると、おもむろに口を開いた。


「人の姿が見えたから、来てみたらやっぱりか。――お前さんも桜の木を見に来たんだろ? だったら目的はもう達せらた。はやく帰った方がいい」

「……俺がここにいると、何か不都合があるのか?」


 神田の身を案じる様子の男に、問いを返す。意味深げなことをいう男が、何を思ってそんなことをいうのか気にかかる。だが、男が神田のそれにこたえることはなかった。


「はやくこの場所から去った方がいい。神隠しに遭いたくないのならば」


 ”――神さまに、殺されたくないのならば”


 


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