十七光

 
 
 自分のことを謀っていたのかと問えば、男は心底おかしくてたまらないと喜色の笑みを浮かべる。


「そんなこと、分かっていたくせに。今さら何を言うんだ? むしろ――」


 男はわざとらしく数泊の間をおく。


「こんなお遊びに付き合ってやったんだから、感謝をされてもいいくらいだろう?」


―――*―*―*―――



 思えば、いつだっただろうか。家族や家の者が『化生』にやられた時から、どうしようもないくらいに勾の中に染みついていたような気もする。それから月をまたいでしばらくしたときからだったかもしれない。


「お前が俺の言うとおりにすれば、必ず、こいつらは生き返る。黄泉がえりは起こる……、協力しろとは言わない」


 これは、契約だ。幼い勾には、それはのどから手が出るほど欲しい砂糖菓子。家族以外の人間の言うことには耳を貸さないようにしなくては、なんて昔に考えたことなどいくらでも放棄できた。初めて男と口をかわした時に、勾にとってとても重い言葉に頷いたのは、ただ彼女にとって『家族』とは世界の全てだったから。
 それともう一つ。勾やその家族のことを馬鹿にする人間たちを、果たして彼女が守ってやる必要があるのか疑問に思ったからだ。祖父はいつもにこやかに勾に向けて化生を倒すことで村人や、他の人間が救われるのだと説いた。価値のあるなしでは無く、助けることが出来るならば自分だちがそれをするべきだと。されど勾の中でその考えが根付いたかといわれたら、答えは否だ。祖父と彼女の年齢はあまりにも離れていたし、過ごした年月が違いすぎる。価値がないのなら守る必要性を感じられないと切り捨てる勾を、祖父は悲しげに見て笑っていた。勾には祖父の真意は未だ分からないまま。
 男は言った。村のはずれに来る者を、男が指定する場に連れてこいと。傷を付けることも、眠らせることも構わないが殺してだけはくれるなよ、とも。他は勾の好きにすれば良いと厭らしく笑うが、連れて来いだの眠らせろだのどちらも子どもの身である勾には難しいことだ。最後のしめくくりは、男以外にこの話をばらしたら、黄泉がえりは起こらなくなるし契約は不履行にするというもの。言われなくとも勾にはこれをばらす相手などとうに居なくなってしまったというのに。


「じゃあ、さっそくで悪いが――」


 男が何をする気なのか、どういう意味を持つ行為なのか勾は興味を向けなかった。何回も続けていくうちに、村人は村から外れた場には近づかなくなったが、完全に外に出ないようにするのは不可能だ。村から外れる者でなくとも男から指定されて、人を誘ったこともある。とりわけ、子どもや酒におぼれた大人なんかは懐柔しやすい。何回、何十回と繰り返している内に村で目撃されてしまったのか、彼女が『化生』を追って村の近くに来たときに、


「お前が息子を」


 だの、


「夫を返して!」


 などと叫びながら大人数に襲われたこともある。鎌や包丁、鍬などといった思い思いの武器を持っていたように記憶している。しかし勾が抜き身の刃を『化生』に向かって振るったところ、皆一斉に動きをとめて黙り込んだ。


「何か私に御用が御有りのようですね?」


 首を傾げて歩みよると、村人たちは一様にして顔を恐怖で埋めてしまった時には、笑ってしまった。このころになると、勾も薄々は気付いていた。男が勾の願いを叶える力が無いことくらいには。それを幼いころからの知識が足りないせいにして、気付かないふりをして――復讐していたのかもしれない。息子? 夫? 勾は一日にして、家族親族その他全てを失ったのに? 誰のせいでそうなったと思っている、みんなお前たちを化生から守ったせいだろうが、と。
 そのあとを男がどうおさめたのかは知らないが、あの出来ごとを境に村から勾に貢物が届くようになり。神さまなどという勾からはとても遠い呼ばれ方をするようになり。お陰で身の周りのものに困ることは、今日の今日までついぞなかったが、いったいどう意見をまとめ上げたらこのような事態になるのかは全くもって不明だ。

 こうして勾は男の言うとおり、けったいな呼び名が定着して。

 いつまでこれを続ければ良いのかと尋ねることはしなかったし、それをすれば何かが壊れてしまう気がして自分の行いは駄目なものだと再認識させられるようで怖かった。男の言ったことが嘘だと気付いていながら、それでも男に縋りついて全ての責任を押し付けて気付かないふりをする。そうしていれば勾は楽になれる気がしていた。
 村から連れ出した人たちはどうなったのか、化生と男の関係。考えながら所詮は勾の頭の中の妄想でしかないと否定した。村人から恐れられようが、騙されていようがどうでもいい。何かを考えているよりも、男に全てをゆだねてしまった方が楽だった。罵られるより嫌われるより、何よりも、嘘だと理解していても男の口から否定されることがこわかった。惰性と村人たちとは違った恐怖が勾のことをむしばむ中で、限界はギシギシと音をたてていたのだ。そしてそれは勾がエクソシストと出会ったことで崩れさった。
 ――所々を濁しながら、神田に昔語りを聞かせ、彼女は尋ねた。


「そういえば、神田さん。あの男はいったいどうなってしまったのですか?」

「アクマにやられた」


 あっさりとしたものだ。自分を苦しめて助けてくれた者の最後というものは。勾はガタガタと汽車で揺られながら、縛られた両手がなんとなく痛んだ。あれからアクマを倒し終わったあと、「それでは」と何処かへ消えようとする彼女を神田は六幻で殴り動きを止めながら手首を拘束した。素早く教団へゴーレムで連絡をとり、中央へと勾を連れていくことを決定する。分からないでやっていたことだろうが、倫理に外れていようがエクソシストは教団が保護する規則になっている。そういう彼に勾は自分は全て分かってやっていたのだ、といおうとして「黙ってついてこい」と舌打ちされる。

 ――疲れてしまった。

 人の道を外れてあてもなく恨み続けることに。直接殺したことは無くとも、彼女はたぶん多くの人を殺してきた。勾はアクマの作られる過程こそ知らなけれど、アクマを育てることに協力したこと神田から聞いた。神田も男が最期に喚いていたことを断片的に拾っただけで、詳しく知っているわけではないがあの男が伯爵の協力者であったことと、なぜ彼女を利用しようとしていたのかは謎のままだ。どうしてそんな面倒なことをしようとしたのか、村人たちへの体裁を保つためという理由付けは可能だがそれでも他にいくらでもやりようがあったと思う。神田が言うと、勾はあっけらかんと頬笑んだ。


「それならおそらくですが、わたしの祖父が守り損ねた者の中にあの男の親族が居たんじゃないんですか?」


 神田は彼女のことを信じられないものを見る目で睨みつける。――歪んでいる。いつまでも嘘に縋りついた彼女も、そうさせた男も、そんなことをにこやかに語る女も。
 教団で勾がどのように配属されるか、または処分されるのかは神田の預かり知らないところにある。窓の外は車内での会話などないみたいに明るく、和やかだ。教団への道はまだ遠い。


「神田さん、私が本当に神隠しを起こしていたなんて思っていたのですか?」

「さあな、ただ」


 人間と話したことがないということを信じるならば勾が語るには、村の内情に詳しすぎた。


 


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