十五光
男が提示してきた条件は、簡単に守れるものなのか負担は軽いものなかななんて考えたことは無い。村に現れる化生を倒すことと、村から人を連れだし神隠しにあったこととするとだけ。男は言った、それを守れるなら黄泉がえりは起こると。それ以外は男に向かって追及してはいけないし、他言してもいけないとも言われたが、そのどちらも気力がないうちには意味など持たなかった。
―――*―*―*―――
外は相変わらず冬の気候のせいで、白い息がもくもくと上がる。早歩きよりも早足で、はやる気持ちをおさえながら。村の明りはなく、それが男への気持ちを加速させる。
勾はまだ若い。けれどもそれは、今まで見てこなかった『なぜ』や『どうして』を無視してもいい理由にはならない。
こんなにも寒空だったのに、桜の下は暖かい。
待ち人来たり。当たり前のようだが、男の方が勾よりも早くついていたようだ。
「……はやかったんですね、私はてっきりまだ来ていないものだとばかり」
「それより、聞きたいことがあるんだろう?」
「…………」
遮られた言葉に良い気はしない。だが、もともと勾には男に逆らえる理由などないのだ。神田の前で見せていた過度に怯えて縮こまる姿などどこにもなく、行動は普通でいてしかし態度は横柄だ。所詮小娘、お前のことを把握することほど容易いことは無いと言わんばかり。
――聞きたいこと、ですか。
確かに聞きたいことはある。あえて見て見ぬふりをしてきたもの、村での異変、そして……これからについて。
勾はわずかばかりの間、思考にもぐる。この男が勾を呼び出す時はいつも、一方的に用事を押し付けておいてこちらの都合などは気にもしなかった。男の嫌な部分にだけは、繰り返して何度も何度も触れて。それだけに、不自然。わざわざ勾と会う手間をかけて、最初の一声がそれか。ほかに何か目的が、と考え始めたところで、男から先を促される。
「最近……化生の数が、多すぎではありませんか? 少なくとも、この数日だけで7体以上。1カ月に2体を見かけるだけでも、この地域では珍しいことだと、聞いたことがあります」
「それは誰からだ?」
「幼いころに、家の者から」
「"別れてから"それっきりなんだろ? ましてや小さいころの記憶だ、今と昔とでは勝手なんていくらでも変わっていくもんさ」
くつくつと、男の喉奥から笑い声が聞こえる。確かに、そうかもしれない。男に反論出来るだけの、断言できる材料を勾は持っていない。
「では、村の人は……どうされたんですか? 隠れているにしても、気配が無さすぎます――、おかしいです、こんなことは聞いていません……ッ」
「まあ、落ちつけ。そうだよなァ、これだけ分かり易ければ感心の薄いお前でも気付くよな。なあ、"神さま"」
「……どういう意味なのですか?」
「お前のことは、小さいときから見てきているから、可愛さもひとしおだ。だからいつまでも、お前にこんなことをさせるのが我慢ならなくなってきてな……もう、"神さま"なんてしなくて良いんだよ」
「――意味が……分からないのですが」
「村の奴らは、逃がした」
するりと単調に告げられた。勾の頭は働くことを拒否してしまって、ただただ意思とは反して動く己の口は成すがままに。
「逃がした、と申されましたか……誰を? 村人たちを? どうして? わた、私は、彼らを守ることが、私の役目だと貴方が……。では、契約はどうするんです? 貴方は私がそれを守っている限りッ」
「そんなこと嘘に決まってるだろ、分かっていた癖にお前も馬鹿な奴だな。だからお前らは嫌なんだよ、いかれた頭をした奴らしかいない」
あるわけないだろ、常識的に考えて。そんな馬鹿な事が。細い糸を男から手繰り寄せなくとも、止まることなく勾の横を通り抜ける。男の口は閉じることは無く。悲しげな声とは違い、顔はいやらしく笑みの形を作っていた。「そうか――そうですか」と勾からことばが落ちたと同時、さほどあいていない男との距離を一歩詰め、彼女は気付かず腰の刀に手を掛けた。
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