十四光

 



 今宵は、家の中でゆっくりとしていて下さい。急ぐことはありません、明日もあります。――決して、外を出歩こうなどとは思われることのなきように。この村の夜は物騒ですので。
 その旨を神田につたえた彼女は、彼に向って「では、お休みなさいませ」と頭を下げた。


「お前もあいつの仲間なんだろ?」


 錯乱気味に神田にむかって吐き出された男の言葉を思い出した。あいつとは何か、問うた途端にその後に続く懺悔のような吐露。自分は今まで家族を人質にされていたために、渋々したがってきたがもう限界だ。村人が殺されて、一人、また一人と静かに消えていき、しまいには大事な息子まで。村に平和をもたらしてくれたのは最初だけで、供物の人数も増えていくばかり。化け物を追い払う代償が大きすぎる。
 声を荒げるわけでもなく、男の話しを促す神田に、男はなおも落ちつくわけでもなく、


「そうじゃないと言うんだったら助けてくれ……! あいつは化物とも繋がっているんだ! 自分の安全が分かっているから、俺達のことをいつでも殺せると脅してくる」


 今夜、あいつは自分に話しがあると告げてきた。俺達には、今夜しか無いんだ。あいつが人間の敵だと言う証拠に、自分に向けて刀を向けてきたら、その時は。
 

 キィ、とドアが音を立てて開く音を聞いた後、壁に身をあずけていた神田は素早く体を起こした。目を閉じてはいたが、眠るつもりなど毛頭なかった。意外なほどあっさりと……、というには語弊があるが無事に停泊の準備は整った。昨日の挙動を見ていると、こんな場所に居るよりも外で過ごした方が"居心地"がいいのではないかと思われるが、勾に押し切られる形で家に入れられてしまってはどうしようもなかった。神田であれば、逆に相手を振り切るパターンが定石のはずだが。他人の話を聞いているようで聞いていない、そんな勾には何を言っても空をかいた感触しかない。
 彼女のことを思い出すと、同時に昼間のことも頭をかする。男はこう言った。
 微かにしか開くことのない窓から、外をのぞくと既に人の姿は見えなくなっていた。勘が良いのか、彼女のこういう時の行動はとても早い。しばらく部屋の中で忙しなく歩いていたかと思うと、気がついた時には姿が消えていた。外出するなと言っていたが、構うものか。
 音をたてぬように素早く相手を追おうと、行動を始めたものの、すでに相手は居ないのだ。だが用心に越したことはない。念には念を、隠れていて神田が困ることなどありはしない。追わねばならぬ相手を見失ってしまったものの、神田は迷いなく進んでいた。気配を悟らせないように、極力音を消しながら。緩んでいるわけでもない気を再度引き締めながら、音をたてないように愛刀をしっかりと持つ。最終的な目的地の見当は付いているのだ。
 着いたのは桜の木の下。うかがわずとも分かるとある男の気配と、それに並ぶ男のものとは違う影。神田は男から、彼女に最後の説得を試みる旨を聞いた。和解が出来ないとき、――勾が男に向けて刀を向けるまでは近くで待ってくれ、と。



―――*―*―*―――




 時を少し遡る。それは彼女と神田が、まだ村に着く前のこと。"誤って"神田から刀を向けられた勾は、考えた。彼がそういう行動を取るにいたった経緯を。
 勾は自分の思考の範囲が、そう広くないことを知っていた。それは幼いときに受けた教育が中途半端なものであったのと、一般教養としての教育よりも化生を倒す技術の方を優先して教わっていたことが理由にあげられる。自分の身は自分で、と笑いながら祖父が言っていたが、彼は自分の老いを本格的に悟る前に勾をある程度の扱い手として育てたかったのであろう。
 そんな狭まった環境の中、教育半ばで知識を教えてくれる存在を失い、その後を継いでくれる者もなく。勾は自分に常識とか、推理力などと言うものを期待しては居なかったが、――どうだろう。彼がこんな時に、おふざけで刀を向けて来るようには見えなかった。化生のことといい、神田のことといい、変わったことが次々と起きる。こういう時は大抵――あの男が関わっているはずだ。

 なにはともあれ、一旦村に帰ってみて、勾の方から男に会いに行く方が良いのかもしれない。

 そう思い、神田を連れて村に戻って、適当な家のノブを回す。……家の中が静かすぎる。勾が村におりて来るのを確認した村の者は、家の奥に引っこんで息を殺しているのが通例なため、そう気にしては居なかったが周りに人の気配もない。こんなことは、男からも聞いていない。人が居なかったら、勾がここにいる意義も無くなってしまう。平常心を装いながら、あくまでもさりげなく家の中を物色する。家の住人が帰ってきたらそれはそれで構わない、勾が頼めば嫌でも家の中を貸してくれる。行動を咎められることはない。探すのは手掛かり。あの男が原因であるならば、何かしらのものを勾に残してくれているはずだ。と、冷蔵庫をのぞいて台所に入ったところで不自然に挟まったメモを発見した。

『いつもの場所で』

 他の者が見ても分からないだろうが、勾には分かる。あの男が残したものだ。そこからは神田に簡単な食事を作り、会話をする過程の中で彼から平生ではない心の中を当てられたときはどきりとした。……つつがなく終わった話しの後に、神田が眠ったであろうことを確かめたら向かう場所は一つ。季節外れの桜の木の元へ。


 


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