十三光

 


 誰もいなくても、私は大丈夫。けれど、一人だけで化生を倒した時に心の中にぽっかりと大きな穴が空いた気がした。



―――*−*−*―――

 


 そう時間がかからずに村には着くことが出来たはずだ。だが神田は、いまいち確信が持てずにいた。何処かにくすぶる違和感が、その邪魔をしていた。彼の様子に気づくこと無く、勾はいつもの調子で神田に話しかけた。


「そういえば、神田さんがどうしてこの村に来たのか、理由をお尋ねしていませんでした。……ですが、その調子だとまだ、用事はまだお済みではではないのでしょうか」

「……だったらどうするんだよ」

「観光に来ました、という風ではありませんでしたから。――もし、神田さんがよろしかったらなんですけれど」


 本日もこの村に、留まってみては如何でしょうか。切り出されたのは、神田にとって願ってもみないこと。言われなくとも、もとよりそうするつもりだ。桜の元へ来る時にも、似たような景色に間違い探しをしながら苦心したのだ。この暗さではとてもじゃないが、教団へ戻れる気がしない。そこで、はたと気付いた。――この村は、人の気配がしない。頭の上にあった陽もだいぶ暮れている。
 夕暮れどき、村は食事の準備でにぎわっていてもよさそうなものだが、生活音が限りなく零に近い。違和の正体を探らずとも分かる。神田がこの村に入ってから、目にした人間の数が少なすぎる。いや、そもそも人などあの男以外で見かけただろうか?

 この村には、停泊所なんて場所がない、という話を神田が聞いたのは少し前のことだった。当然の成り行きだ、とでもいうように勾が神田に向けて、体裁は申し訳なさを取り繕って、明日まで村の何処かの家に留まってはどうかと進めてきた。その申し訳なさは神田に向けたものなのか、はたまた可哀想な村人に向けたものなのか、彼には分かりかねる。彼女がどこぞの家主の都合など気にしていないことは、想像に難く無かった。勾曰く、「しばらく前までは、存在していたと思うのですが……」とのこと。理由は人手不足で、経営が困難になったことと、この村に客が来ることはそうないからだ。それからこの村では村人以外の者が来た場合には、順番を決めて村の誰かの家に泊める決まりになっている、と勾は語った。


「昨日はあの家、今日はこの家。神田さんにもご迷惑をおかけすることと思いますが、宿泊施設のない村での決めごとなのです」


 自分は別に野宿でも構わないと言う旨を、神田が少女に伝えたところそれは駄目だと遠巻きに、しかしきっぱりと断った。はっとする勾は、「申し訳ありません」と謝りつつもとある家の前で足を止める。神田はその言い分に引っかかるものを覚えつつ、それが何かを掴む前に勾がしたノックの音で遮断された。一向に聞こえない返事に、ドアノブをまわした勾の顔は険しくなる。


「どうした?」

「いえ……、なんでもありません」


 おかしい、と勾の口から小さく呟かれた言葉を神田は聞き逃さない。だが彼はそれを追求しなかった。ゆっくりと緩慢にも見える動作で室内へと侵入すると、素早い動作で全ての部屋を確認する。置かれている冷蔵庫の中身など身の回りの物を調べ、生活するに足りることが分かると、


「今日はここで休んでください。私は少し用事が出来ましたので、しばらくしたら外に出ることになりそうです」

「この家の住人はどうした? いくらなんでも、」

「留守にすると聞いていたのを、忘れていました。食事を作るていどのことしか出来そうにありません。荒らさない程度なら、室内のものを使っていいと許可をいただいておりますので。――どうぞ、こちらに」


 緊急時でもないのに勝手に、他人の家を使うことには抵抗がある。神田にもその程度の分別はあった。有無を言わせぬ様子にたじろぎながら、彼女に勧められた椅子に座り込んだ。そうしながらも周囲への警戒を忘れない神田に「そんなにピリピリしなくとも、周りには何もありませんよ?」と微苦笑する。


「ピリピリしてるのはお前だろ、そんな中でくつろげっていう方が無理な話だ。――何をそんなに、警戒してやがる」

「警戒、ですか? そんなつもりは――無かったのですが。くつろげと促していて、これを言うのもどうかなと思うのですが、要は身体が休まればどうとでもなるものなのです」

「……まあな」


 言いながら勾は食糧をあさる。数日間なら余裕で持つものと、保存がきくもの。


「毒が入っていたら、申し訳ありません」

「他人のものを勝手に使う上で、それは自業自得だろ。毒程度なら何とかなる」

「解毒剤でもお作りしましょうか? もっとも、私はそんなものの知識など少しもありませんが」

「そんな事を言い出したら、お前が毒を仕込まないとも限らないだろ。キリがねぇ」

「それもそうですね」


 物騒なことを話す二人。勾は料理の下準備に入った。神田は愛刀を離さない。夜はまだ、長い。


 


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