十光

 


 私の家は昔から代々、化生を倒すことを生業としていた。それがどれくらい昔から続いていたことかは調べたことがないけれど、祖母から聞いた話では相当昔からそうしてきたらしい。化生は、時に妖怪と呼ばれたりすることもあったらしいが、私の周りの大人は化生、という呼び名を好んで使っているようだった。
 しかし、私の一族でも皆が皆、化生と呼ばれる化け物を退治出来るわけではないらしく、ごく稀にそうすることが出来るものが現れるという話し。私の祖父がそうだった。祖父が若かった時はそれはもう、素晴らしいほど鮮やかにそれをやって見せていたそうだけど、現在の老体にそれを求めるのは酷というもの。日に日に衰えていく体を、自身で弱々しく笑い、


『サポートが無しではどうにもいけない』


 と愚痴っているのを良く聞いた。体に鞭打ちながら誤魔化すものの、歳にはなあ、と。祖父の歳は知らなかったが、大人たちの対応を見る限り、かなりの高齢であったのではと思う。私なりに励まそうと、拙い頭で言葉を捻りだし、


『おじいさまが頑張っているのは、みんなしっています、誰もおじいさまのことをせめたりはしませんよ』

『はやく資格を持つものが、現れてくれたらなあ……』


 励ますつもりが、余計に弱々しい笑みを深めさせてしまう結果となった。その後に祖父は黙って、優しく頭を撫ででくれたことを覚えている。
 祖父の頑張り、と一言でいってみたものの、そのころの私は化生を見たことが実は無く。口伝えに聞いた話をただただ思い浮かべているだけ。、大人たちからは危ないからと籠の中の鳥を育てるように、化生が現れたらさっと家の中に隠される。極力、外の世界を見せないように、育てられていた。小さな私に理由は分からなかったけれど、それは数年後に私も知るところとなる。

 時は流れて、幾年か。とあることがきっかけで、私に化生を倒すことが出来ることが分かった。小さなころの記憶はおぼろげで、家の庭にある、桜の木の下で遊んでいた時に何かがあったことしか、私の頭にはない。

 ――能力の開花。

 祖父たちは、桜に魅入られる、という表現を使っていたような気がする。能力の開花などと言っても、そんなに大仰な物でも無いと私は思っているのだが。記憶しておこうという意思が無かったことと、魅入られることに大した興味も無かったために薄く引き延ばしたようなどうでもいいことしか頭の中に残っていないのかもしれない。……魅入られたという自覚すらなかったでも、一族の反応は素晴らしかった。きょとんとしている私を尻目に、嬉しそうにしている者もいれば、悲しそうに顔を歪める者もいて、各々思い通りの顔をしていた。
 苦いものを飲み下し、だけども吐き出せない。眉を下げている者は、おもに私の家族――父や母。ああ、巻き込むつもりはなかったのにとでも言いたげな顔。対比したように、嬉しそうに笑うのはその他の人たち。それでは、祖父は……。


 箱入り娘よろしく、外の景色をみることさえあまりなかった私にとって、魅入られてからの日々は鮮烈だった。祖父について回り、"いろいろな"ことを教えて貰いながら、必死に体を動かして知識を吸収した。毎日では無かったけれど、それなりに現れる化生に何も出来ない私は手を焼いた。傷も負ったし、怪我も沢山する。かすり傷以外の怪我など見たこと無かった私は、ああ、私でもこんな怪我をすることがあるのだと驚くことを繰り返す。いままでからすると、新鮮で刺激的な毎日。見るもの全てとは言わない。それでも、なにもが私にとって新しかった。だから、こんなことがあるときまでは、どこかで楽しんでいた


『……止血! はやく、止血を……ッ!!』

『傷が深いのは……自分でも、分かって……います、……だから、』

『それ以上はもう喋るな!』


 数年が立ち、本気で身入れをせねばならないと本当は理解していた。しかし私は化け物と戦うというのは、命を失うことと隣り合わせだと言うことを理解しようともしていなかった。殺られる前に、殺ればいい。そう、考えていたから。壊すことが出来ないものの立場など、片隅にすら浮かばない。
 崩折れてしまった体、深々と刺さる何らかの破片。伴ってどくどくと止まらない液体に、ただただ目を見開いた。私的な欲求を優先すると、それだけ戦闘時間が長引く。加えて倒す術を持たない者は、脅威をひと時だけ遠ざけることは出来たとして、原因を根絶してしまうことは出来ない。何処かで、恐ろしいことが起こったと恐怖した。

 幸いにして、命に別状がなかったらしいということを数日後に耳にした。様子を見に行こうと行動を起こす気配を見せることをすれば、"あなたは何も心配することはないのよ"と困ったように笑われてしまう。強くでることは私にはできなかった。所詮は子どものやっていること、この程度は想定内だと言わんばかりに、私に対する反応は変わらず優しいまま。どうして叱らないのかと聞くと、自分たちはこういうことをしているのだといなされた。
 悔やんでも私がしていたことが変わるわけでもない。家の中にいたとして、居たたまれない気持ちに押しつぶされそうだった。私一人の問題ではないなどと、どの口が言えようか。じっとしていても、動いても変わらない後悔の念。こんなことを思う私自身にさえ、痛さを感じる。ふらり、体の向くままに外に出た。

 いつもより、気持ち風が冷たく感じる。

 さわさわと髪がなびく。家から遠ざかり、一度は消えかかった音が再び巻き返し、楽しそうな笑いが響く。地面を蹴る土の音、きゃらきゃらとした声。都合良く生えていた木に身を隠し、そっと様子をうかがった。私と同い年くらいの子どもが、こんなにも集まっているのは初めてみた。
 両親含む大人が、私に対して過保護すぎる原因に、私と同年代の小さな子どもがいないことが上げられる。どちらかというと、私よりも大人に近い年齢の子どもの方が多い。周りのものが異様に優しいのも、完璧に孫を見る目だったり歳の離れた妹を見る目線だからこそ。こうして子ども同士で遊ぶ、ということこそしてこなかったが、その分人一倍に構ってもらった自覚はある。


『……何してるんだ、お前』


 え、と声を出す。どうやら集中するあまりに、身を乗り出し過ぎていたらしく見ていたことが相手にばれてしまったらしい。お前だよ、お前、と男の子からしっかり指を指されてしまえば、どう答えようかとうろたえてしまう。同年代の子、というものを意識すると、どういう喋り方をすればいいのかわからなくなった。結局、沈黙を守ることになってしまうと、相手はちょっとむっとして、なんだよ、と呟いた。


『おい、こいつ……』

『……ああ、あの"頭のいかれた"家の』


 眉を寄せていた男の子の顔が、後ろの子の囁きで変わる。――くすくすと、先ほどまでとは違った笑い声が私の耳に触った。


 


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