九光



 ぽつぽつと降ってくる雨は、雨脚を段々と強くしていく。前がみえないほどではないが、このまま降り続けるとそれなりに身体が冷えそうだった。


「やっぱりお前さんも、あいつの仲間だったんだな。アクマを倒せるのがその証拠だ……」

「"あいつ"だと? いったい何のことを言っている」

「最初はただの旅人かと思っていたが、違う。昨晩はその刀で、あいつと一緒に化け物を退治していた。俺はもう、あいつに従うのも、伯爵に従うのも、嫌だ……。俺の家に来たのも、俺と家族を監視して、裏切る前に殺すつもりなんだろ?」


 件(くだん)のアクマのこともあり、険を深くする神田。いったい何を言っている、と脳の処理がおいつかない。
 いきなり行く手をふさがれ、半ば思考停止をしていた悲鳴男も神田の気にあてられて、はっと我を取り戻す。神田は立ちふさがっている者の襟首を両手で掴み上げた。


「あいつだ、あいつに言われて自分はッ!! おい、何を呑気な顔をしているんだよ、危うく死ぬところだったん――ッ」

「……ッ!?」

「うるさい黙れ! そうはいかない、家族はもう逃がしたし、俺だって。家族は殺さないって約束だろ……? 先に約束を破ったのはお前たちだもんな……?」


 何処から見つけて来たのか、そこそこの大きさの木片で、悲鳴をあげた男は神田の体をガッと殴りつけた。そのままくの字に折った体を、追撃とばかりに叩きつけ、最後に頭を大ぶりな動きで狙いつける。ここでやっと、今朝まで神田を泊めてくれていた家主の顔をまともに見た。正気じゃない、ということに神田気がつくより先に、そんな体力が残っていたのかと思うはやさで神田にむかい、木片をあてにきた。幸いにして、刀を抜いたままであった神田は、上へといなすようにして家主の攻撃をかわす。相手は明らかに素人のため、続けて家主を巻き込まないように、刀で木片を地面へぶつけた。
 うっと顔をしかめて、腕を抑えた家主の喉元に刀を突き付け、神田は眉間の皺を余計に深くさせると、事情の説明を迫った。家主は笑っているのか、泣き叫びたいのか分からない表情で神田に話し始めた。





―――*−*−*―――







 勾は重力に任せ、だらりと体を力なく下げているアクマをみやる。その四肢の中心は、勾が持つ刀に貫かれていて、よもや動く気配など微塵もなかった。刀を斜めにすると、ずるりと土へアクマが落ちる。ごめんなさい、これもわたしの役目なので、と虚しい気持ちを抱えながらそれへと祈る。両の手を組み、軽く目を瞑り。今日も、これからも、わたし"達"の安寧が続きますように、と。
 一通りの動作を終えると、目を開き、桜の木への帰り道を考える。


「――神田さんは無事でしょうか」


 そう。あそこへは、一般人である、神田を置いてきてしまった。あのあとアクマが出てきていないとも限らない。あの家の家主が約束を守ったのならば。
 ならば急がなければ。彼が襲われたのなら、無駄になってしまう。
 それからの勾の行動ははやかった。今し方まで戦っていたアクマには目もくれず踵を返し、桜の木――神田の元まで一直線に走りだす。勾の胸の中にある、思惑によって、熱に浮かされるように急かされるように。はやく、はやく、はやく――!


「神田さんっ!」


 ガタガタとした道を抜けると、広がるそこには桜の木。見つけた、とばかりに叫んだが、そこには神田の姿が無かった。どういうことだ、とまわりを見回すが、どこにも居ない。

 ――まさか、あの家主が約束を違えて……。

 悪い熱に侵されて、周りを囲む森をみる。冷静に観察しようにも、どこに神田が向かったのかは分からない。すると、微かに人の声がする場所があった。耳をすませると、当然のことながら桜の木からはさほど遠くないことが分かる。
 そうでないと、声など聞こえるはずがないのだが。


「――、―――っ!」

「そこですか?」


 再び駆けだすと、刀を出したままだったことを思い出した。鞘におさめることも面倒だ、と思い、そのまま走る。


「神田さん、大丈夫ですか!」


 ひらけた場所に神田の姿を見つけて、"ほっとして"声を出した。良かった、探しましたよ、と一歩近づいた。


「お怪我がないようで、何よりです……、……神田さん?」

「テメェ、何を考えてやがる?」


 警戒する意思をあらわに、勾を睨みつける。神田の後ろにはどこぞやの家主の姿。遅かったのでしょうか、と勾は苦笑して。


「神田さんこそ、何を考えているんですか」


 ――私に、刀を向けるなんて。



 


[ 9/20 ]

[*←] [→#]
[戻る]

[top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -