死に顔を見るまで、信じないわ。

 ヒロのマグカップが割れた。落としたわけじゃない。ヒロは数日前に慌しい様子で来訪して、部屋にあった書類をひっくり返してバッグへ詰めると、頬にキスを落とすなりバタバタとまた出て行った。彼のマグカップは使われることのないまま、食器棚に仕舞われていた。それが、夕飯を作ろうかと立ち上がりキッチンへ立った私の背後で割れたのだ。
 持ち手だけが綺麗に残ったマグカップを手に取る。かき集めて、呆然とそれを見下ろした。思わず室内を見回しても、ヒロの気配を感じることはできない。携帯を取り出して電話帳を開く。無機質な音が鳴り響く。相手が電話を取る気配も感じられない。
 同時刻、男は網膜に友人の死を焼き付けていた。



「あ、やっと繋がった。何回も連絡したんだから一度くらい出なさいよね」
 開口一番に文句を言う。連絡は欠かさず行う男が折り返しの電話もせずに一週間以上放置するのは珍しい。生真面目な性格であることは知っているため、おそらく連絡もできないほど忙しかったのだろうことは窺えた。だが、それにしても一言「忙しいからあとでかけ直す」の一言くらい寄越してもいいのではなかろうか。電話の相手が何でも卒なくこなす男だということも知っていたから少々腹を立てていた。
 電話口の零は私の言葉に何も言わない。呼吸する音は聞こえるためそこにいることに間違いはないが、おしゃべりな男がどうしてか恐ろしいほどに無口だ。
「ちょっと……どうしたの、大丈夫?」
「……あ、あ。大丈夫だ」
「声出てないよ、具合でも悪いの? もしかして風邪引いてた?」
「いや……何でもない」
 何もなかった。言い聞かせるように暗い声でつぶやいた零は、ふー、と息を吐いて呼吸を整えているようだった。
「電話、取れなくて悪かった。何か用事だったのか?」
「ヒロと連絡が取れなくて」
「……。そのこと、なんだが……」
「それで……ヒロ、もしかして殉職した?」
 ひゅ、と電話口で息を呑む音が聞こえる。そのあと大きなものが落ちるような重い音がして「ど、して」とだけかろうじて零は口にした。
「お、まえ、まさか」
「零? れ、零! あんた過呼吸おこしてる、息吐いて!」
「うるさ、ヒロ、は」
「いいからゆっくり呼吸して、お願いだから」
 今いる場所を問いただすより、本人を冷静にさせる方が確実だ。そう考えて必死に声をかけると零が呼吸を整えることに注力するのが伝わって安堵した。しばらくして落ち着いた零は、責めるような口ぶりで私の名前を呼ぶ。
「どうして、そのことを知っている」
 ヒロと零は警察だ。職務内容を言うことはできない、俺たちが警察であることも周囲には伏せろと揃って何度も言い聞かせた女がヒロの死を知っているのは、零にとっては予想外のことだったのだろう。そして理由はわからないが、怒っている。もしかすると、何かしらの理由でヒロを危険に晒したと考えているのかもしれなかった。
「ヒロが使ってたマグカップが割れたの」
「……そんなことで納得するとでも」
「ヒロは、自分に何かあればあのマグカップを割るって言ってた。私だって、嘘みたいな偶然だってさっきまでは思ってたけど……零の反応はさ、そういうこと、なんでしょ?」
 再び沈黙が走り、零は声を震わせた。「ヒロと、三人で行った、川」それだけ口にした零が一方的に通話を終了する。零は、おそらくヒロの死について何か知っているのだろう。もしくは目の当たりにしたのか。乗り込む予定だった電車を変更するべくホームの階段を上った。

 昔、鮎釣りに行く計画を立てている二人について行ったことがある。女だからと言って二人が私を除け者にしたことは一度もなかったが、私は二人に置いていかれるのが嫌で仕方なく、二人と同じように物事をこなすことへひどくこだわっていた。
 釣りをしたことは勿論なくて、だけど実際にやってみると存外するすると釣れるのが楽しかったのをよく覚えている。二人と競争もしたっけ。記憶と比べて川は激しく蛇行し、木々の生え方も多少変わっていた。昔の地形と照らし合わせながら沢を登る。
 川の脇、木々の生い茂った場所に人が立っている。すらりと伸びた手足が小麦に焼けている。木陰で顔に影を落とすようにして零が立っていた。そこに人が来ると知らなければ気づけないほど気配は隠されていた。
「悪いな、遠くへ呼び出して」
「職業柄仕方ないんでしょ。それ何?」
「弁当」
「やった」
 探るような目つきで私を睨む零にのほほんと返せば零は一瞬だけ呆れたような顔をして、すぐに顔を顰めた。零が考えていることはうっすらとだがわかる。私がヒロを売ったのではないかと疑っているのだ。潜入捜査をしていたヒロが裏切り者だと、潜入先の犯罪者に私が情報を売ったのではないか……と。
 幼かった私の負けん気は大学まで続いた。警察官になるという夢を抱えていた二人と一緒に警察になる勉強に身を投じたほどだった。志の高い彼らと違い、負けん気一本で勉強していた私はヒロに気持ちを打ち明けられてからたちまちその熱意を失ってしまったが、その時点でそこそこ警察組織について学び終えていたから、実際に警察官になった二人がどこの所属なのか察することができたのだ。
 職務内容をはっきりと聞いたわけではない。外で偽名を名乗っていることや勤務体制、他の警察官よりも機密保持に神経を尖らせていることから勝手に推察した。
 幼馴染を疑うなんて、と心外になるものの、私は二人の事情を察せる立場にいながらその責任を負っていないのだから、零が私を疑うのも無理からぬことだということにも理解を示せる。ヒロの死は、機密中の機密だったのだろう。だから一般人の私がヒロの死を知っているのはおかしくて、ヒロを売ったと思われても仕方ない。
 仕方ないのだ。
「僕は少なからずお前に情がある。ヒロのことを考えてもお前に手荒なことをするのは避けたい──だから」
「私、ヒロのことだれにも話してないよ」
 仕方ないと思っても、声は震えた。
「じゃあどうして」
「マグカップが割れたって言ったでしょ。ヒロがね、もし俺に何かあったらこれを割るからって言ってたの。殉職しても死んだことが私に伝わらないかもしれない、そういうイレギュラーな仕事をしてるからって。……零が私を疑ってるのもそういう理由なんでしょ? 実際割れてるし」
 顎に手を当てて考え込んだ零は、たっぷり数分経ったあとに長い息を吐いた。私を疑うのは止めたようだった。
 零もヒロも、揃って義理堅い男だ。零が「守れない約束は初めからしない」人であれば、ヒロは「代わりに守れる約束をする」人だった。零は人知れず死んだらマグカップを割って知らせるだなんてオカルト的な現象を信じる人間ではないが、ヒロがそう言ったのならそうするかもしれないと思える理由はある。だからひとまず納得したのだ。
 元より私がヒロを売ったと思っているわけではなかったのだろう。私がヒロの殉職を知っている理由が見当たらないことだけが気掛かりで、最後の可能性を潰すためにやって来た、そんなところだ。……そう思いたい。お弁当持ってきてるし。
「事情は話せない……でも、ヒロはもう二度と帰ってこない。殉職した」
「そっか……」
「……それだけか、何でそんなに冷めてるんだお前は……っ」
 零は激しく眉を吊り上げて怒りを露わにする。それでも叫び、詰り、責め立てられることはなかった。疲労が残った顔をする零には感情に任せて憤る気力もないのかもしれない。
 恋人が死んだと聞かされた人間らしい反応をできていない自覚はある。拳を握って耐えるように震える零を見ても涙は浮かんでこなかった。実感が、ないのだ。
「だってマグカップが割れて、ヒロが死んだって聞かされただけなんだよ? ……言い出したのは私だけど、正直遺体を見るまでは死んだなんて信じられない。遺体はどこに安置してあるの?」
 零を真っ直ぐ見る。ひどく心を乱されたような表情をして零は顔を逸らした。
「ヒロに会わせることはできない」
 重い口をやっと開いて飛び出た言葉が、冷たく私を打ちつけた。
「……理由は?」
「機密だ」
「ヒロのご両親とか……お兄さんには、どう説明するの」
「時機を見て話すことになる……」
「それ、いつなの? ヒロの尊厳は一体どうなるの……!」
 機密の一言で彼の死が血の繋がった家族にすら伏せられるなんて、そんなことがあってたまるかと猛反発した。だけど零は視線を逸らしたまま首を振るばかりだ。
 ヒロも望んでないだとか、そんなことは聞いていない。勝手にヒロの気持ちを語るな。そう言えば同じ言葉を返される。腹立たしくて零に掴みかかってもびくともしなかった。鍛えているのだから当然だ。それがまた腹立たしくて動かない体を揺さぶる。ヒロと同じものを見てきた幼馴染に怒りをぶつける。
 もういい、と踵を返して川沿いを歩き始めた。零が持ってきてくれたお弁当にも手を付けずに。きっとあの中には、ヒロの死を偲ぶためにヒロの好物だったものがこれでもかと詰められているのだろう。零の料理は美味しい。ヒロと二人して褒めちぎって、隙あらば夕食時に零の家に押しかけていたっけ。それでも私は零とこれ以上顔を合わせていたくなかった。
 大股で歩き進める私を追ってくる気配はない。零はそういうやつだ。益々腹が立って足下に見えた小石を川に向かって蹴り飛ばした。すると、ぐらりと体が傾ぐ。
 あ、と思ったときには川へ落ちていた。川へは数歩分の距離があった。転んだところで落ちる距離ではない。転ぶ寸前、足首を掴む感触があった。引きずり込まれた、そんなことを考えながら流されていると、背後から力強い腕に引っ張り上げられる。
「何してるんだ!」
 全身濡れた零が、衣服や私の体重など感じないかのような軽い身のこなしで私を引き上げる。だらりと四肢を伸ばした私は、自分の足首を呆然と眺めていた。



「何度電話したって僕は教えられないし警視庁に押しかけるのもやめろ! お前もうすぐで警視庁のリストに載るところだぞ!」
「零がどこにいるかわからないんだから仕方ないでしょ!」
「だからってアイツのことは僕と上層部以外だれも知らないんだから会えるわけないだろう! それにあいつのためにも会わせることはできない!」
「そんなこと知らないもん! あとヒロが安らかな顔してなくたっていい、私のために見せてよ!」
「ああもう本当に強情だな……!」
 川辺で会った日、小言をいくつかもらって帰宅した私はほぼ毎日怒りのまま警視庁に問い合わせの電話を鳴らし、たまに足を運んだりし続けていた。零に圧力をかけているのだ。
 二人の名前が警視庁にないことは知っている。私が警視庁へ二人の名前を出して電話することが、いかに迷惑極まりないことかも知っている。それでも腹の虫は収まらなかった。零に圧力をかける方法はこれ以外浮かばなかった。
「零が白状するまでイタ電してやるから!」
「いい加減にしろ、おい! どこに行くんだ!」
 私の行動を見かねてコンタクトを取ってきた零を置いて歩き出す。わざわざ人の少ない場所を選んで会う約束を取り付けるのは、零が人目を気にしなければならない立場にいるからだ。声を抑えて言い争いをしたって、少なからず人の目がある限り零は私を追っては来られない。話は終わっていないと限界まで説き伏せようする零を無視して横断歩道を目指す。
 私がどれほど愚かな行動をとっているのかなんて、言われなくたってわかっていた。ヒロのマグカップが割れてからもう何週間も経つ。零のことだ、ヒロの遺体はすでに丁寧に葬ってあるに違いない。だから顔を見るのは無理だ。それなら遺骨だけでも会わせて欲しかった。ヒロが死んだという実感が欲しい。そうでなければ私は泣けない。
 ただ零は、私がそれをどれほど説明して懇願しても聞く耳を持つ気はないらしい。私を強情だと言うのであれば、零は傲慢だ。ヒロの殉職に勝手に気持ちの整理をつけてしまっている。忘れたいのかもしれない、零はヒロの死に引きずられたくないのかもしれない。私は違うのに。
 信号が青に変わる。背後のわめき声はとっくに止んでいた。横断歩道を渡るために足を踏み出す。視界の端にトラックが飛び込んでくる。
「危ないだろ、前を見ろよ!」
 ガッと腕が抜けそうなほど強い力で引っ張られ、後ろを見ると形容できないほどひどい顔をした零が立っていた。
「お前まで死んだらどうするんだ!」
 血の気が引いている。そのまま放っておけば褐色の肌がたまご肌になるんじゃないかと思うくらい青褪めていた。
 私だって死にたいわけじゃない、私を怒るのは筋違いというやつだ。そう考えて、まあでも零は事情を知らないからなとも思った。こんなことを言ったってきっと零は信じないから今日まで言わずにいたのだが、そろそろ取り返しのつかないことになりそうだった。

 零はしばらく口をつぐんでいた。理解したくない、と顔に書いてある。やはり零は信じない……いいや受け入れられないだろう。ヒロが私を殺そうとしているだなんて。
「あのとき言わなかったけど、川に落ちたとき引きずり込まれたの。……あの日が初めてじゃない。マグカップが割れたあとから、零に電話が繋がるまで、何かとああしたことが起こった。浴槽に浸かれば沈められる感覚があったし、外を歩いてたら植木が落ちてくるし、階段では滑りそうになってばかりで……」
 険しい顔をしている零は、決して馬鹿なことを言うなとは口にしなかった。代わりに眉間のしわを深くさせて尋ねる。
「本当にヒロが君を殺そうとしていると、そう思うのか?」
「だって、ヒロが死んでから立て続けに死にかけるなんておかしいでしょ。知り合いを頼ったら、成仏できない彼が私を連れて行こうとしてるって言うから……」
「僕はそうは思わない。……随分と回りくどいやり方ではあるけど奴らに目を付けられて──……とにかく僕が手を打っておく。ヒロはそんなことしないからな」
「私もそう言った。だけど死んでしまった人は感情に引っ張られやすいって」
 心底不快そうに顔を歪めた零が「そいつは詐欺師だ」と吐き出した。これ以上続ければ逆鱗に触れそうな気はするが、間違っていると思えば次々と理由を述べ連ねる零の口数が少ないことを思えばあと一押しだと直感していた。
「冥婚って知ってる?」
 これ以上聞きたくない。そんな顔をする零を無視して尋ねる。
「知ってるよ、死者を弔うための風習だろ。未婚の男が死ぬと生者を巻き込もうと災害を起こすから妻を立てて結婚を交わしたっていうアジアの風習。昔は生きた女性を人柱にするところもあったそうだが──おい、馬鹿なこと考えるなよ」
「一緒のお墓に入れて、なんて言うつもりじゃないって。ただ、ヒロと結婚すれば収まるかもしれないって言われたの」
 だからヒロに会わせて。最後の懇願を口にすれば、悩ましい溜息が落ちた。



 会わせるにしても少し時間が必要だと言って零は折れた。冥婚の儀式をするのであれば形だけだ、とも。決して危険なことはしないように、あくまで私の心の整理とヒロのお墓参りを目的としたものであると重々言い聞かせられて別れた。
 ヒロと会うための準備をしなくては、と考えて最終的には何も必要ないと判断した。やはりヒロが私を殺して連れて行こうとしているとは思えなかったのだ。零に対してそれを強く主張したのは、ヒロを鎮めるためだと言い続ければ会わせてもらえるのではないかと思ったからだった。
 零から連絡が来た。零が運転する車に乗って長時間走る。ようやく到着したのは入り組んだ地形の先にある寺院だった。地元の人間しか出入りしない寺のためここを選んだのだと零は話す。危険だから一人では来るな、必ず連絡しろ。硬い表情をし続けている零に頷いて約束した。
 白いワンピースが翻る。ドレスみたいだな、と口を滑らせた零が慌てて口を覆う。それを笑えば、苦しそうに零も笑った。私の叶わなかった夢を、ここで叶えるしかない空しさを、零も感じているのだろう。
 位牌にはもちろんヒロの名前は刻まれてはいなかった。粉砕された遺骨が位牌の裏に置かれている。少し持って帰るかと尋ねる零にそうしたいとお願いした。空気が入らないように処理を施しているため、数日後に渡すと言われる。
 丁寧にお参りをしてもヒロが死んだ実感は湧かなかった。もっと感情に変化があるのではないかと期待していたのに、と落胆する。やはり、ヒロの遺体を見なければ到底信じられなかったのだ。ヒロの家族より、ヒロの死を知っている私の方が空しさを覚えて過ごさなければならないなんて皮肉だ。
 住職と話をする。彼が死んでから私の周囲で身の危険を感じさせることばかりが起こっていると相談したのは零だった。住職は困ったように言葉を詰まらせている。死者のために、そして遺族のために弔うのが役目の彼らに、霊の話をしたところで困らせてしまうのは当然だった。
 寺を出て敷地内を散歩する。零と交わす言葉はない。ヒロに会わせてもらった以上、零に望めることは何もなかった。もし事故がこれからも続くなら生きられるまで生きるだけの話だ。そう投げやりに考えて、ようやく自分が自暴自棄になっていることに気づく。ヒロが死んだ実感がないのに、ヒロが死んだ事実ばかり見せられて、行き場のない悲しみを覚えてはいるのだ。
 ねえ零、と外へ出て初めて声を出して、零を見た私は目を見開いた。帽子を目深に被った男が、物陰からこちらを見ている。暗いその瞳に肌を粟立たせていると、男が懐から何かを取り出した。太陽に反射した金属が零を捉えている。危ない、という声は間に合わない。
 零を押して全身を貫いた激しい痛みに意識が持っていかれた。
 ハッとした零がすぐに視界から消える。同じような銃声がしてすぐに男の呻き声が上がった。零が拳銃使ったのだということを一拍遅れて理解する。戻ってきた零が大声で私の名前を呼ぶ。痛い、と苦痛を訴えることもできない。必死に私の状態を確認する零は男など気にした様子もない。私より先に息絶えたのだろうか。あの男は一体何者だ、どうして零を。いいや、どうして零は男を制圧することもなく射殺なんて、……なんて怖い人だ。
 痛みで意識は朦朧として、だけど様々なことが頭の中を駆け抜けていった。これも走馬燈と呼べるのだろうか。思考が乱雑なまま、息をするのも苦しくなっていく。
 ああ、きっとヒロもこんな状況の中命を落としたのだろう。そんな気がした。もう零の声は聞こえない。ぼんやりと視界に映った景色が消えていくのを眺めていれば、視界の端でふわりと光が舞った気がした。髪を払う指のあたたかさを感じる。これはきっと、零じゃない。
「最初は俺のことを知ろうとするお前を止めようとしただけなんだ。今、ゼロの周りに行けばお前が危険だから……連絡を取らせないように、電波をちょっと、な。でも俺の気持ちに引きずられて、他のやつらがお前を連れて行こうとしてた。止めたんだけど、止められなくて……」
 ヒロの声が意識を揺らす。やっぱり、ヒロが私を連れて行こうとしたわけじゃなかったのか。私はふっと笑った。浴槽に沈められたときも、植木が落ちてきたときも、だれかが引っ張って助けてくれるような感覚があった。きっとヒロが助けてくれたのだと思っていたから、恐ろしいことが何度起こっても平気でいられたのだ。
 他に幽霊がいるような言い方をされても怖くないのは、もうすぐ自分が彼らの仲間になるからだろう。ヒロがずっと謝罪を繰り返している。
「ごめん、まだゼロを死なせるわけにはいかないんだ。ごめん、ごめんな」
 零が気づくよりも先に私が不審者に気づいたのはおかしい、そんなことに気づいたのはヒロがそう謝ったからだった。いいの、謝らないで。そう言いたいのに唇は動かない。たぶん、私が零に連絡を取ったのが元凶だろう。私が死ぬのは私のせいなのだ。零を守って死ぬことに悔いはない。だって私たち、ずっと二人で零を助けて歩いて来たでしょう。
 光に向かって手を伸ばす。ヒロが私の手を取っているのが鮮明に見えた。零を一人にしてしまうことだけが、きっと私たちの心残りだ。



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