少し日は過ぎ。
優の症状は着実に悪化していた。
霊力の修行で鍛えられた精神力を遺憾なく発揮して発作を無理やり抑え、それでも無理なときがある。
学校で度々トイレに駆け込み、想いが具現化したそれを吐き出しては流した。

いつの間にか食欲も消え失せた。それもそうだろう。食物でないとはいえ、吐き戻すという行為はそれだけで不快感を催させ、体力をも奪う。
日に日に体力が落ち、痩せ衰えていく優はしかし、その持ち前の意思力と取り繕いの技能によって露見を防いでいた。

ふらりと体が傾ぐのを壁に体重をかけて堪える。
手足はぴりぴりと微弱な痛みを発し、同時に息苦しさと動悸に襲われた。
詰まった息を押し出すように吐き、痛む頭を押さえる。ぐらぐらと揺れていた視界は落ち着いてきた。
貧血が酷くなってきていた。もともと貧血の気があるのに食事さえ不安定なのだからそれも当然のことだろう。身から出た錆、自業自得だ。
優が壁に手をついて数十秒。彼女はもう、普段と何も変わらない様子で歩き出していた。

靴も履き替え、家に帰ろうと校門を出る。
学校の名が書かれた看板に寄りかかる影に反射的に視線を向けると、先に帰っていたはずの祐一が顔を上げた。

「…遅かったな」
「祐一?どうしたの?」

眉尻をほんの僅かに下げて優と向かい合った祐一に、優は普段と全く変わらない様子で微笑んで見せた。
しかし、表情を取り繕うとも体調は誤魔化せない。優の顔色は、先の貧血の影響が抜けていないのだろう。決して良くなかった。

「俺は何もない。…何かあるのは、お前だろう」

そう言って優を射抜く金色は、酷く気遣わしげな色を宿していた。

(ああ……)

無意識に気の抜けたような、夢を見ているような声を心中で漏らした。
気付いてくれた。気付かれてしまった。気付いて欲しかった。気付かれたくなかった。

「ありがとう…でも、大丈夫だよ」

優は普段通りの笑みを浮かべたつもりで、しかしその面には普段とはかけ離れた笑みが浮かんでいる。
酷く儚くて、そして柔らかい微笑みを前に、祐一は言葉では言い表せないほどの焦燥感に襲われた。
月並みのその表現だが、言葉で言い表すとしたらそれしかない。――優が、消えてしまうような気がした。

「優!」

常なら絶対に出さないであろう切羽詰まった声。
これほどの危機感に見舞われたことはかつてあっただろうかと、目の前のこの幼馴染と比べれば至極どうでもいいことが頭を過ぎる。

「祐一。私は、大丈夫」

そう言った優が浮かべた笑みは、既に完璧なものだった。
先の儚さも、顔色の悪さも感じさせない、完璧すぎる笑み。
(俺に出来る事は、ないのか)
悟らざるを得なかった。――俺は、踏み込ませてもらえない。

「真弘達には、秘密にしてね。先代様にも、美鶴にも、珠紀ちゃんにも」

分かったと、そう答える以外の選択肢はない。…それを破るつもりもない。
優が浮かべたのは、長年の信頼に裏付けられた懇願だったから。
祐一に、彼女との年月を裏切る真似が出来るはずもない。――何より、真弘が絶対に気付くだろう。手遅れになる前に。

果たして手遅れとは何のことなのか。何も考えずに浮かんだその単語をもう少しでも深く考えていればと、後に彼は深く後悔することになる。

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