01.あるていどのきけんをかくごしましょう
「等価交換よ」

 感情の起伏の一切感じられない声が頭上に降り注ぎ、ディエゴは、纏っていた衣服を切り裂かれた。次いで手足を縄で縛られ、男のものと思われる強い力で、ベッドに放り投げられる。

「こういうのがお好みか?」起き上がらないまま、問う。
「ええ。そうよ」
「ふっ、傑作だな。虫も殺さないようなお上品なカオからは想像もできないぜ」
「それはどうも」

 饒舌さは焦燥そのものと悟ってか、問いかけられた方の女はとくに気にするふうもなく腕を組み、そばに立つ男に何やら指示を出している。先ほどディエゴを押さえつけ、ベッドに投げ飛ばした男である。彼は、女主人――名をユウリという――に命じられるまま、ディエゴの衣服を切り裂いたバタフライナイフを手渡した。

「ん。ありがと。下がっていていいわよ」

 男は静かに部屋から出てゆき、必要最低限の家具のみが設置された殺風景な室内には、ユウリとディエゴだけが残された。
 豊満な尻をふり、女は折りたたみ式のナイフを開閉しながら近づいてくる。そのカチカチという冷えた金属の音が緊張感を掻き立て、身動きの取れないディエゴは身を強張らせた。

「怯えなくてもいいのよ」

 華奢な女ひとりぶんの体重が追加され、ベッドがぎし、と軋み上げる。彼女の腕から、ディエゴはもはや逃れようとはしない。
 柔らかな肌が、吸い付くようにぴたりとディエゴの腹に合わさってきて、そのあまりの心地よさにディエゴは甘美な息をもらした。
 お互い、下着一枚纏っただけの姿で、ユウリは、性器をこすり合せるように腰を動かす。硬くなった雁首に、時折、薄いショーツ越しにクリトリスがコリコリとこすれて、気持ちいい。

「苦しそうね」

 手触りのよいボクサーパンツの前部分は既に面白いくらい張り詰めており、ユウリはそこをくすぐるように撫でやった。
「ラクにしてあげる」ウエストのゴム部分を指先に引っ掛け、そこから一気にナイフで引き裂く。布は静かにシーツに落ちた。映画や漫画で見るような小気味よい音はしなかった。
 股間部にユウリの視線が集中する。吐き出される感嘆の溜息。ディエゴは羞恥に顔を背けた。彼女が今どういう顔をしているのか、手に取るようにわかった。

「…凄いわね」

 ごくり、と喉元が上下する。それは決して、彼の性器にうっとりと見惚れるようなものではなく、子どもが新しい玩具を与えられたときに見せる好奇と歓喜の眼差しである。
 ディエゴのペニスは大きさこそ人並み以上だが、おそらく、どこぞの支配階級の物好きに散々弄られた結果だろう、異様なことに、ペニスはその先端部まで完全に皮で包まれていた。それは勃起しても変わらずに、性器の全ての部分が、肌より一段階も二段階も濃い色をして、むっつりと天を仰ぎ見ているのだった。

「こんな凄いおチンチン、初めて見たわ」
「うるさいッ」

 枕に顔を埋め、叫ぶ。好きでこんな体になったわけじゃあない!
 少し前にディエゴを買ったのは、ペニスの包皮を弄ることを異常に好む若い男だった。今のディエゴのペニスは、ひと月以上もの間、彼に飼われた結果である。そしてディエゴは自分の性器に酷いコンプレックスを抱くこととなる。

 ディエゴ・ブランドーが金を得るために、脂ぎった男たちに体を売っている―――そんなことはもはや周知の事実で、ディエゴ自身、娼婦の真似事など慣れきっているというのに、なぜだか、この冷めた美貌の未亡人に責められると、どうしようもなく、体のあちこちが疼いてしまう。

「おチンチンは後でいじってあげるわね」
「…ッ、やめ…」

 彼の抵抗などまるで意に介さないといった様子で、ユウリはディエゴのひざ裏を持ち、ぐうっと彼の腹に脚を押し付ける。彼は手足の拘束具以外、なにも纏っていない。ぷっくりとふくらんだ玉袋の裏から尻の穴まで丸見えである。

「ディエゴ。自分のお尻、見たことある?」

 白い尻たぶのあいだを、くすくすと楽しそうな吐息が転がる。

「あッ、あるわけ…」
「綺麗な色しているわよ」

 そう言ってユウリは、普段は優雅にラフィットなんかを転がしているであろう紅い舌先で、排泄とホモセックスにしか使われないディエゴの小さな穴を刺激した。びくっ、としなやかな体がシーツの上で跳ねる。

「は…ぁ、ッ」
「慣れているのね。もうこんなにゆるゆる」
「うるさい…ッ」

 まわりを舌先でつついてやるだけで、すぼんだ小さな穴はきゅうきゅうと物欲しそうにひくついた。ボルドーのマニキュアがきらめく人さし指を唾液で濡らし、ゆっくりとそこへ沈ませる。「あッ!」ディエゴの汗ばんだ手がシーツを掴む。

「く…ぅ、やめ、ろ…ッ」

 痛みか快楽か、ディエゴは顔を顰めて腰をよじる。
 パトロンを得るため、金と欲にまみれた汚い男たちに凌辱されることなど、ディエゴの体はもはや慣れきっていたのだが、この、淑女の仮面を被った魔女の指使いはあまりに巧みで、あまりに、責め慣れている。あっという間にディエゴの狭穴は彼女の指によって解されてしまった。

「感じやすいのね」指が引き抜かれる。「世のおじ様方が、貴方に夢中になるのもわかる気がするわ」

 何者にも決して服従しないような強い眼光。洗練された逞しい肉体。自尊心で塗り固められた、高飛車気取りの美しい十九歳の青年が、肉欲に溺れきった自分たちの金と権力欲しさにただただ、こうべを垂れ、跪くのだ。良いことも悪いこともやり尽くした権力者たちにとって、これほど甘美なひと時が他にあるだろうか。

 指を鉤爪のように折り曲げ、前立腺を刺激する。
「あァ…!」半開きのくちびるは唾液でぬれそぼっている。
 四肢を拘束され、身動きのとれない状態で、油断しきった犬のように間抜けな体勢を余儀なくされている―――幾度となく繰り返した行為だが、女に尻の穴まで暴かれたのは初めてだ。

「いいザマね、ディエゴ。お似合いよ」
「………ッ!」

 空いた片手で、先ほどからずっと涙を流し続けている、かたくなった男根をこすり上げると、ディエゴはヒッと小さく息を吐いて、達した。あまりにも呆気なかった。ユウリがずっとアナルのみを刺激し続けていたので、すっかり油断しており、突然の直接的な快感に耐えられなかったのだった。

「はっ…、はぁ…」

 喉をふるわせ、肩で息をするディエゴ。自身の腹にたっぷりと射精された半透明の液体が、腹の丸みを伝ってシーツにこぼれた。

「こんなに早く漏らしちゃうなんて」逞しい腹筋に溜まった白濁を舐めとり、笑う。「躾がなっていないわね」
 今までの『飼い主』たちは一体どんな躾をしてきたのかしら?
 そんなことをユウリは言った。ディエゴが今までどんな男たちに抱かれ、どんなふうに調教されてきたのかは知らないが、今日から、ディエゴの飼い主はユウリである。自身の気の赴くまま、死んだ主人の遺した財産のあるがまま、ユウリはパトロンとしてディエゴを『買った』のだ。プッシーキャットとして愛でるつもりなど毛頭ない。ただ単純に、この美しく気高い青年が、どんなふうに乱れ狂うのか、見てみたかった。

「次はオモチャでも持って来ようかしらね」

 枕に背を押し付け、警戒した瞳を向けるディエゴを見下ろす。ディエゴは憎々しげにくちびるをゆがめた。

「ユウリ、お前ッ…」

 射るような眼光を向けてみるも、下半身はまだ熱をもったまま治まらず、恰好がつかない。

「…お前、覚えていろよ」
「それはたのしみ」

 社会的、倫理的にも圧倒的な不利なこの状況で、なおも挑戦的な態度であり続けるディエゴを、ユウリはむしろ微笑ましく思う。高い金を出して買ったのだ。そう簡単に籠絡できてはつまらない。

「貴方に積んだお金と、貴方のカラダが等価値かどうか、見極めてあげるわ。じっくりとね」




2012.06.20
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