02.じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう 彼女との行為は突然始まる。まるで軍人のような体つきの、褐色の肌をした男二人に抑え込まれ、ディエゴは唯一自由の利く口を大きく開いた。 「ユウリ、キサマッ!!」 名を呼ばれた女は特に気にもせず、ディエゴに背を向けたまま窓の外を眺めている。今日は快晴。窓からは青々とした葉を茂らせた木々が、気持ちよさそうに風を受けている。その木陰では、先日雇ったばかりの若い庭師がせっせと小枝を切り落としていた。 日もまだ傾いていない、真昼間。こんな時間からよくもまあ盛れるものだと、ディエゴは余裕のない口元から精一杯の皮肉をもらした。 「人間の本質は皆同じよ。誰もが精子と卵子から始まったのだもの」 ユウリはそれだけ言うと、ようやくディエゴの方をふり返った。大の男二人掛かりでベッドに沈められ、両手両足を押さえつけられている。それでもなお怯むことのない鋭い眼光に、ユウリはクス、と微笑みかける。 「飼い犬ならもっと飼い犬らしくしたらどう」 「人以下のケダモノに飼われた覚えはないぜ。ビッチ」 そう吐き捨てると、ディエゴを押さえつけていた男の一人が、激昂したのかグッと荒っぽい手つきで頬を掴んだ。部下には人並みに慕われているらしいな、とディエゴは冷静に思った。 ユウリは、部下の男に、いいのよ、とでも言うように首をふり、ベッド脇の小さな棚に手を掛けた。 ディエゴの位置からは見えないが、小棚の上段を引き開けると、そこには怪しげな薬や玩具の数々がしまわれており、ユウリはそこからひとつ、五センチほどの小さな瓶を取り出した。 「主人に噛みつく生意気さも好きだけど、少しくらい可愛いところも見せて欲しいものね」 ユウリは小瓶から錠剤を数粒、取り出し、口に含む。 錠剤を含んだままディエゴに口づけ、油断しきった彼の口内にそれらを全て流し込んでいく。 「ンッ…!」 僅かに抵抗を試みるディエゴだが、両手両足と拘束され、ただじたばたと藻掻くことしかできない。ユウリは彼の喉がこくりと上下したのを確認すると、唾液の伝うくちびるをはなした。 ぷはっ、と荒々しく息を吸い込みながら、ディエゴが自身のくちびるを舐め上げる。 「ッ、お前、一体、なにを飲ませたッ」 「別に?大したものじゃあないわ。ほんのすこしの間、勃起が治まらなくなるだけよ」 「こんなの慣れっこでしょう?」否定しようとした唇はまた彼女によって塞がれる。 ユウリの夫は数年前に他界したが、地元では知らぬ者のいない大地主だった。肖像画を見る限り、線の細い、聡明な顔立ちの優男だった。彼が今の妻を見たらきっと驚愕のあまりに即倒してしまうだろう。 由緒ある貴族の生まれであり、温室育ちのボンボンのくせに、ユウリは、世のレディたちが一生かかっても思いつかないであろう悪い遊びをたくさん知っていた。 おまけに薬に関する知識も深く、世界各地から仕入れてきた怪しい薬をいくつも所有していた。 この薬もそうだった。知人のパーティで使われていたという即効性の媚薬をわざわざ中東から仕入れてきたらしい。 「自分の遺産をこんな使われ方して、アンタの亭主も浮かばれないな」 精一杯の憎まれ口だった。 「そうねえ」ユウリは顎に人さし指をあてた。「あのヒトのことは愛していたけど、私のこの趣味は一度も見せたことがなかったわ」 「今の私の姿を見たら、ショックでもう一度死んじゃうかもね」 クスクス笑う彼女の声を聞きながら、ディエゴは、身体の中心に集まりはじめた甘い痺れを感じていた。それをさらに促すように、ユウリは彼の股間部に手を這わせた。 厚みのある白い身体がびく、としなる。ディエゴはそちらに気をやらないよう、別のことを考えようと必死で努めた。 「愛だと?…煩悩にまみれたお前に、そんな…っ、あ」 しかし、どうしても、声がもれてしまうのだった。 「あの人のことは、人としても男としても尊敬していたし、愛していたわ。だからこそ本来の姿を見せるのが怖かった」 輪郭をなぞるように、手のひら全体でモノを扱く。 「あっ、…ふ」 「本当は舞踏会よりも乱交パーティが好きだったし、ピアノなんかよりフェラチオの方がよっぽど得意だったわ」 我ながらろくでもないわね、と自嘲気味に零す。 そうこうしている間に、ディエゴの身体は熱がめぐり、だんだんと目が虚ろになってくる。体の力が抜けてゆくのを感じとり、これ以上の拘束は無意味と判断したのか、ディエゴを押さえつけていた男二人はベッドから離れ、入り口のドアの前に移動した。ユウリがアイコンタクトを送ると、二人は静かに出て行き、ドアの前での見張り番となった。 「さて」 腰に手を当て、ベッドに力なく横たわるディエゴを見下ろす。頬には朱色がさし、額にはびっしりと玉の汗を浮かべて息を荒げている。おそろしく扇情的な光景だった。 「どう?もう、だいぶ効いてきたでしょう」 ボトムを下ろし、亀頭まで包皮に包まれた不恰好なペニスをあらわにする。ディエゴのそれはすでに硬く立ち上がっており、小さな子どもがもらしたように、じっとりと先走りの汁で濡れていた。 「このまま放っておいてあげましょうか」 「な…ッ」 冗談のつもりだったが、ディエゴがあまりにも絶望的な顔をするので、そういうのも良いわね、などと呑気に考える。 「く、…っ、ん」 ふるふると小刻みに腰がふるえる。体の疼きに耐えられなくなったのか、ディエゴは丁寧に爪の切り揃えられた指先をペニスに向けた。 「あらあら」茶化すようなユウリの声もどこか遠く聞こえ、ディエゴは握りしめたペニスを思い切り、上下に扱いた。 「はッ、ぁ……、っふ」 先走りの涙を手のひらになじませ、強くこする。手を根元の方に動かせば、時折、包皮の先から、ピンク色の亀頭が苦しそうに顔を出す。 「本当に、子どもみたいなおちんちんねぇ…」 「剥いてあげるわ」すでにビクビクと脈打つペニスにそっと手を添え、ユウリは、包皮を一気にずり下げた。 整った顔立ちからは想像もできない、動物じみた生々しい色の亀頭が、外気にふれてひくひくと震える。 清潔感の見られないそれをパク、と口に含み、ユウリは、手と舌を使っての愛撫を開始した。 「あ…ッ、くそ、…」 「可愛い顔しちゃって」 ダラダラと涎を垂らすペニスを、ユウリは微笑みを浮かべながら舐める。普段の何倍も感度の上がったディエゴの体は、それだけでもう達してしまいそうになる。 「ッ、は…!」溜め息を吐き、ディエゴの体がいっそう大きく震えた。しかし、この射精のタイミングで、ユウリはペニスの根元を強く押さえ、それを決して許さなかった。 「まだよ。まだ早いわ」 「なッ…」 イキたいのに、イケない。根元を押さえられたまま、先端部は舌でちろちろと刺激され、頭がおかしくなりそうだった。 ちゅ、と厭らしい音を立て、小刻みに上下する、端正な彼女の顔を見やりながら、ディエゴは忌々しげに言った。 「は…ッ、お前、…ッ」 「ふふ。『待て』から覚えさせないとね」 「クソが…ッ」 「次は『お座り』かしらね」 くす、と楽しそうな笑い声。同時にペニスが解放され、「うあっ…!」ディエゴは、彼女の小さな口内に精を放った。白んでゆく視界で、濁水を飲み下す彼女の赤い唇だけが、妙に鮮明に映っていた。 了 2012.08.20 |