02
 あれよあれよという間に時は過ぎ、気づけば約束の日。

「似合ってるじゃあない!」
「うッ。そ、そうかぁ〜?」

 待ち合わせはユウリの病院。ブチャラティの車から降りたナランチャに、普段よりめかし込んだユウリが囃し立てる。
 ユウリの見立てた黒のスーツは、ナランチャの無邪気さを中に閉じ込め、「ド低能」と罵られている姿など想像もできないほど、ぱりっと上品に見せている。ナランチャのスーツ姿に、ユウリも満足そうだった。
「俺はもう行くぞ」運転席の窓から、ブチャラティが顔を出す。「ナランチャ。ユウリを頼んだ」

「ああ、ブチャラティ、送ってくれてアリガトなッ」

 車が曲がり角の向こうへ消えて見えなくなるまで、ナランチャは手をふっていた。

「私たちも、行きましょ」

 馴れ馴れしく腕を組み、ユウリは車のキーをナランチャに渡した。運転しろとのことだった。

「なァんか動きづれーなァ」

 黒塗りのキャデラック。四肢の動きをいちいち抑制するスーツに苛立ちながらも、ナランチャは、ユウリがふだん座っている運転席に乗り込んだ。着慣れないスーツは窮屈だった。

「とっても素敵よ、ナランチャ。そのうち慣れるわ」
「本当かよォ?ッつーか、なんでお前キモノなんだよ」

 運転しながら、ナランチャは目線をちらりと助手席へと向ける。
 星の浮かんだ夜空のような、黒地の着物。大判の牡丹が色鮮やかに描かれている。
 太鼓帯が潰れてしまわないように、いつも以上にぴんと背筋をのばして座るユウリ。髪の毛も小ざっぱりと纏め上げられ、においたつようなうなじが露わになっている。

「てっきり俺、もっとエロいカッコで来ると思ったぜ」
「そう?金持ちのオッサンなんて、大抵の遊びはもうやり尽くしてんのよ。誘ったってしょうがないわ。それに、今さら媚売るような関係じゃあないしね」
「ふーん…」

 興味なさげな視線を、フロントガラスに戻す。
 ふだん露出されている脚も、胸元も、今はきっちりと隠されている。それなのになぜか、普段以上の色香を感じる。ユウリとはつくづく不思議な女だと思う。

(俺は、ユウリをどう思っているんだろう)

 よくわからなかった。この女のことを、自分は好きになれないと思っていた。
 けれど、ユウリと体を重ね、ともに時間を過ごすにつれて、彼女に対する思いが曖昧になっていく気がした。
 それがどういう感情なのか、ナランチャにはまだ、理解できない。



 二人が落ち合ったのは夕暮れ時だったが、会場であるホテルに着いたころにはもう、すっかり夜だった。優美な着物姿の女に、周囲の人々は物珍しげな視線を寄越したが、ユウリはさして気にせず生温い風を切っていく。

「スッゲー高そうな場所だな」

 豪奢なシャンデリアや装飾品の数々に、ナランチャは気後れしているようだ。

「今から慣れておいた方がいいわよ。ブチャラティが幹部になったら、嫌ってほど連れて行かれると思うから」

 エレベーターを降りてすぐのホールで、支配人と思しき男が「お待ちしておりました」とユウリを導く。どうやら顔見知りらしい。

「もう、ちゃんとエスコートしなさいよ」
「そ、そンなん言われたってよォ…」
「冗談よ」

 支配人が、重々しい、ゴシックな木製のドアを押しあけると、二人の間を、熱された細い風が吹き抜ける。

「始まってるみたいね」

 立食パーティのようで、金の匂いをぷんぷんさせた大人たちが、ワイングラス片手に談笑していた。その中にもユウリの知り合いはいたらしく、時折、意味深なアイコンタクトを送ってくる。
 それらをかいくぐり、人だかりの中からパーティの主役を見つけたらしいユウリが、「ちょっと行ってくるわね」

「好きにしてて良いわよ。オナカすいているでしょう」
「俺も食っていいのか?」
「当たり前じゃあない」

 くすっと笑って、しかしその直後には愛嬌と色気の入り混じった、『外行き』の笑顔を張り付かせ、ユウリはパーティ会場の中心部へと消えて行った。

 それをどこか寂しそうな表情で見つめ、ナランチャは、ボーイに渡された赤ワインを、品のない音を立てて飲み干した。
 そんな彼に歩み寄る影に、ナランチャ自身もユウリも気づかない。



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