05
 岸辺露伴は東方仗助という少年のことを嫌っているらしい。
 それが、岸辺露伴の担当編集者になって一ヶ月が経ったころ、ユウリがようやく理解したことだった。

 そして東方仗助は、それを知ってか知らずか――どちらにせよお構いなしに――時折ふらりと岸辺邸を訪れてはお菓子やジュースを飲み食いして帰っていく。
 ユウリが岸辺邸で仕事をしているときは、邪魔にならないようにテレビや雑誌を見て、気が向けば学校へと行く。
「僕が仕事中でもお構いなしに騒いでるくせに、ユウリには気を遣うってどういうことだよ!?」
 仕事場を荒らされたらしい露伴はいつだったか、そんなことを言っていた。
 しかし、仗助には、過去に何度も痛い目に遭わされているだけに、露伴は彼に対してあまり逆らいきれていないのだった。

 ユウリは、優しく、人懐こい仗助のことがすぐに好きになった。
 今まで異性に縁がなく、男友達などできたためしがなかったが、仗助だけは例外で、まるで弟のように身近な存在に思えた。
 いつでも明るく元気で、年相応の素直さを持ち合わせた仗助。ユウリはいつしか、仗助が来るのを心待ちにするようになっていた。

 仗助もまた、ユウリの作るケーキやクッキーといったおやつをいたく気に入っており、学校をサボった日は必ずといっていいほど、露伴の家で、ユウリの手作りのお菓子に舌鼓を打っているのだった。


「うめーっ!このアップルパイ激ウマっすよ、ユウリさん!」

 今日のおやつはシナモンたっぷりのアップルパイだ。

「ホント?よかった」

 ユウリは自分の作ったアップルパイには手も付けず、ダイニングキッチンで洗い物をしている。

 キッチンと併設したリビングでくつろいでいる仗助は、うまいうまいと夢中でアップルパイを口に運ぶ。
 そんな彼の真正面に座った露伴は、面白くなさそうにアップルパイを一口齧る。そしてその瞬間、「げっ」と口の形をいびつに歪めた。

「何ッだよ、これ、甘すぎだぞ。とても食えたもんじゃあないね」

 ユウリが笑顔のまま凍りつく。

「だいたいキミの作る料理は味が濃すぎるンだよ。ホントに食べる側のことも考えているのかよ?」

 ぴし、ぴし。氷塊と化したユウリの体に、幾筋もの亀裂が走る。
 ほとんど無理やり、という顔でアップルパイの一切れを食べ、露伴はふん、と腕を組んでそっぽを向いた。
 ユウリはといえば皿を持った姿勢のまま動かない。

「なんだよ、露伴先生。もういらねーの?こんなにウマイのに」

 その一言に、ユウリの全身の氷が溶けていく。
 ラッキー、とつぶやき、アップルパイに手をのばす仗助。
 ユウリは先ほどの露伴の暴言も忘れ、嬉しくなって、くす、とはにかむ。

「仗助くん、今、紅茶淹れるね!」

 露伴先生も!
 と、ユウリが露伴に笑顔を向ける。

(僕はオマケかよッ?)

 浮ついたユウリの態度が気に食わず、露伴はむっと表情を強張らせる。

「結構だッ」
「そ、そうですか…」

 気まずそうに仗助に紅茶を差し出すユウリ。
 露伴の前には冷えたミネラルウォーターをそっと置き、自分は仗助の隣に腰を下ろした。

(なんで当然のように仗助の隣に座るンだッ!?)

 かと言って、自分の隣に座られたら、それはそれで嬉しくもないのだが。
 良くも悪くも、ユウリの行動がいちいち気に障って仕方がないのだった。

 やがてユウリと仗助とでアップルパイを完食し――といっても食べたのはほとんど仗助だが――紅茶を飲み干すと、仗助は「そろそろ行くかなァ」と立ち上がった。

「ドコ行くの?学校?」
「ンなワケないッスよ〜!買い物ッスよ、買い物!今日オフクロが留守なんスよ。だからスーパーで惣菜でも買おうかなって」

 露伴は、いやな予感がした。そして思った。ユウリはおそらく、じゃあ露伴先生のウチで食べて行ったらいいんじゃあない?と言い出すだろうと。

「えっ!そうなの?それならここで食べて行ったらどう?せっかくだし」

 ―――やっぱりな。
 露伴はここまで予想通りになるユウリに心底苛立った。

「おい、仗助、いくらなんでも―――」

 そんな図々しいマネはしないだろ?
 その言葉の途中、仗助は、「イイんスか〜!?」とユウリの手をとった。露伴の額に青筋が浮かぶ。

「俺、オムライス!オムライス食いたい!デミグラスソースの!」
「う、うん、わかった。あの、構いませんよね?露伴先生―――」

「…露伴先生…?」ユウリの声には決して応えず、露伴はただ顔を背け続けるだけだった。








 夕食は仗助のリクエスト通り、オムライスにした。
 あれから露伴は仕事部屋に籠り、顔を出そうともしなかった。

「わッ、スゲーッ、うまそー!」

 ガレージでバイクを弄っていた仗助は、室内に戻るなり、キッチンのテーブルに並んだ料理に目を輝かせた。
 『やってもらって当たり前』精神の露伴は、こんなふうにいちいち喜んでくれたりもしないので、ユウリは照れ臭そうに頬を緩める。

「仗助くん、手洗ってね?」
「もー洗ったッスよ!あ、俺、露伴呼んで来るッス」
「うん、そうして。私はそろそろ帰るから」
「えっ!?」キッチンを出ようとしたが、あわててふり返る。「帰るって、なんで!?」

 ユウリはキョトンと仗助を見つめる。

「なんでって、だって、もうゴハン作り終わったし…」
「えッ、ええ!?一緒に食って行かないンスか!?」
「え?う、うん…」

 湯気の上がったオムライスは二皿ぶんしか用意されていない。
 ユウリは今の今まで、露伴の食事の面倒は見ていたが、いつも夕食を作ってすぐに帰宅しており、露伴と食事をともにしたことなどなかった。それが普通だと思っていた。なぜなら自分たちは仕事上だけの関係だから。

 けれど仗助にとっては、そんな常識はありえないようだった。

「ええ〜、一緒にメシ食いましょうよ!!ユウリさん、それじゃマジで露伴の家政婦みたいじゃあないッスか!」
「え、で、でも…」
「いーからいーから!」

 結局、仗助に押されるまま自分の分もオムライスを作った。
 しばらくして仗助が露伴を呼びに行き、三人してテーブルに着く。
 露伴は、「なンでお前も一緒なんだ?」というような顔でユウリを見たが、仗助が「いただきます!」とその空気をかき消した。彼の明るさが、ユウリには有難く、また、どうしようもなく眩しく見えた。

「むぐっ!ユウリさん、これマジウマイっす!」
「ホント?」

 仲睦ましげな二人に、露伴は、

「食いながら喋るなよなッ」

 と、ミネラルウォーターの入ったグラスを乱暴に置いた。
 しかし仗助は気にしていない様子だった。

「露伴センセが羨ましいッスよ、ユウリさんみたいな、キレーな担当さんに毎日メシ作ってもらえて〜ッ」

 話題が自分のことになり、ユウリは途端に口ごもった。昔から、褒められるどころか、自分のことが話題に上がることがまずなかったため、ユウリはこういうとき、どうしたらいいのかわからないのだ。
 気恥ずかしいような、嬉しいような、もうやめて欲しいような…、色々な感情が混じり合って、頭のてっぺんから、ぷしゅう、と音を立てて抜け出ていくようだ。まるで風船の空気が抜けていくように。

「仗助、オマエ、やっぱり眼科に行った方が良いんじゃあないのか?」

 ユウリとじゃあ、このグラスの方がまだ色っぽく見えるぜ、と、露伴はいたく真面目な顔で言う。

「そ、そうだよ仗助くん、そんなお世辞言わなくたっていいんだよ」
「お世辞じゃあないッスよ!俺、ホントに思ってますよ。ユウリさん、その眼鏡のせいであんましよくわかんねーけど、肌キレーだし、鼻筋だって通ってるし」
「そ、そんなこと………」

 ユウリは真っ赤になって俯いた。面と向かって褒められた恥ずかしさと、また、鼻筋に関しては、そのむかし、クラスメイトの男子にからかわれたこともあり、コンプレックスを抱いていたのだった。

 目線をテーブルの木目に集中させながらも、前方から険しい視線を感じ、顔を上げる。
 露伴が眉をひそめ、こちらをじっと見つめていた。

「あ、あの、露伴先生………」

 ユウリは、顏どころか、耳まで赤くなっている。椅子の背もたれに身を預け、う、とたじろぐ。そんな彼女の耳に、やがて聞こえてくる溜め息。

「全ッ然、わからないね」

「コイツのどこが美人だってンだ?」お手上げだ、とでもいうように、大袈裟に肩をすくめてみせる。
 仗助はオムライスをかき込みながら、「先生は見る目ねェんスよ」と、いたずらっぽく笑った。
 ユウリは、どうしていいかわからずに、とりあえず、カラになった仗助の皿にふたつめのオムライスを盛りに、キッチンへと向かうのだった。




2012.07.12
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