プラチナ
 ユウリの脇の下に小さなほくろを見つけた。
 この間はユウリの昔の写真を見つけて、自分の机にこっそり隠した。あまり垢抜けていないけれど、はにかんだ笑顔が初々しくて気に入っている。

 しかし、そのどれもが、彼にとってはどうでもいいことなのだろう。
 ボスの知らないユウリを、僕は沢山知っている。

 僕たちはユウリを共有している。ボスは、ユウリを抱いていることを、僕が知らないと思っているみたいだけれど、いくらなんでも僕がボスの影に気づかないはずがない。

 ユウリは、ずいぶん前から、ボスに頼まれて、僕の面倒を見てくれている。きっと、ボスに何か弱みを握られているのだと思う。

 ボスのことを、ギャング集団のボスとしてでなく、ただの一般人ソリッド・ナーゾとして認知している彼女は、彼に怯えながらも僕を大切にしてくれる優しい人だ。
 どういういきさつで、ボスがソリッドとして彼女に接触し、僕のことを任せたのかはわからないが、僕は、ボスにも彼女にも感謝している。二人とも、僕にとって大切な人たちだ。



「ドッピオ…」

 涙に濡れた瞳が僕を見ている。
 頬に伝った涙を拭ってやると、ユウリはヒッと小さく悲鳴を上げた。少し力を入れすぎただろうか。

「痛かった?」
「少し…」
「ここ、ぶたれたの?」

 その問いに、ユウリは答えない。
 涙の痕が幾筋も残る彼女の頬は、うっすらと赤紫色に変色しており、頬骨のあたりが腫れていた。
 それが誰の仕業か、なんて、聞くまでもなく僕にはわかる。

「ドッピオ、私を見て」
「うん」
「どこにもいかないで」

 返事をする間もなく、ユウリに唇を塞がれる。縋るようなキスはいつものことだ。
 僕よりずっと大人のくせに、ユウリのセックスには余裕がない。いつもいつも、何かに追われるように、性急に僕を求め、目の見えない赤ん坊のように、僕に縋りついている。
 もう少しスマートにできないものか、と考えたこともあるけれど、ありのままのユウリを見ているのだと思うと愛しさが増していき、いつしかどうでもよくなっていた。それに彼女が余裕綽々というのも何だかイヤだ。

「ドッピオ…ぁッ…、はぁ、…私の可愛いドッピオ」

 事の最中、僕の頭を抱きしめながら、ユウリが呟いたその一言にデジャブを覚える。同時に、彼女の頼りない腕に抱きしめられた頭がズキリと痛む。
 彼女と交わっているときに、ボスのことを思い出すとなぜだか胸がざわつく。

 ユウリを抱くことが、ボスへの裏切りなのだと、心のどこかで思っているからだろうか。
 違う。
 ボスはユウリのことなんて、きっと何とも思っちゃいない。ユウリだって、それを十分にわかっているはずだ。

「あッ…あッ…ドッピオ…いいよぉ…」

 ユウリに覆いかぶさり、彼女の胸に浮き出た血管を唇でなぞりながら、ガツガツと乱暴に突き上げる。
 結合した下半身から、水気を含んだ下品な音が響いている。

「ぁあっ!」

 首筋に残った歯型を、舌で舐め上げると、ユウリの身体はひくひくと震え、内部に食い込んだ僕自身をいっそう締め付ける。おかげで、僕の口からもあんあん鳴くような声が次々とあふれていった。

「あっ。ユウリ、締めすぎだよぉっ…イッちゃう、イッちゃうッ!」
「アンッ、はぅ…ドッピオ、可愛い…」

 ユウリによって慣らされた僕の身体はいつだってユウリを求めていて、それに呼応するように、ユウリは悩ましく僕を誘うのだ。

「イクッ…!」

 射精するタイミングより遅く声が出た。ぶるぶる震えるペニスを急いで引き抜き、ユウリの口に出そうとしたけれど、情けないことに間に合わず、どろついた白濁はユウリの胸を汚していった。

「飲んでもらいたかったのに」
「ふふ…また今度ね」
「うん。ねえユウリ」
「ん?」
「お腹も…ぶたれたの?青くなってる」
「…」

 ユウリの身体には、ボスのつけた傷痕がいくつも残っている。
 首筋には歯型。頬と腹、それにお尻には殴打の痕。生々しく残ったそれらの傷はまだ新しい。

「逃げようとか、思わないの。その…ソリッドっていう人から」
「うん」
「どうして」
「ドッピオを愛してるから」

 そのまま交わした口づけは血の味がした。きっと口の中も切れているのだ。

「ソリッドは私を殴るけど、あの人はきっと私以上に寂しい人なの。それに、ソリッドは私にドッピオを与えてくれた」

 角度を変えて、またひとつキスが落とされる。
 子どもをあやすようにポンポンと頭を撫でられ、彼女のストレートな言葉につい目線が泳ぐ。

「ユウリってホント僕のこと好きだよね」
「うん」

 迷いのない瞳には、照れくさそうな顔をした僕だけが映し出されている。
 それがどんなに幸福なことか、愛を恐れているボスはまだ知らないのだろう。




2011.10.23
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