その牙で噛み砕いて
 うっすらと空が白みはじめた夜明け前、鉄錆の匂いを染み付かせて帰宅したドッピオを、ユウリは温かく微笑みながら出迎えた。

「おかえり」

 先ほどまでユウリが突っ伏していたテーブルには、飲みかけの紅茶と、お茶請けのクッキーが申し訳程度に残っている。
 クッキーを一切れ齧り、ドッピオは、ただいま、と返事もそこそこに浴室へと向かった。

「お風呂?」
「うん…」
「ゴハンは?」
「いらない」
「でも…」
「いいから」
「そっか…。着替え、用意しとくね」
「いいってば。先に寝てて」

 帰宅してからのドッピオの言動には、僅かだが苛立ちが含まれている。ユウリは、これ以上干渉するのは得策でないと踏み、乱暴に閉じられた脱衣所の扉を黙って見つめた。


 ドッピオの『仕事』内容を、ユウリは知らない。
 いや、知らないふりをしている。

 はじめの頃は、そこらじゅう怪我をしていたり、変に衣服を乱して帰って来ていたドッピオに不信感を抱いていたが、彼が堅気者でないと気づいてからは、あまり気に止めなくなった。

 ユウリは、ドッピオがどんな仕事をしているのか、気づいた素振りも見せないし、またその話題について触れることもしない。
 素直で小心者なドッピオが、仕事のこととなると堅く口を閉ざしてしまうのだ。彼の嫌がることは出来るだけしたくなかった。


 ユウリとドッピオ、二人を結びつけた人物、ソリッド・ナーゾが、ドッピオの直属の上司であることも、ユウリは知っていた。
 ドッピオからは何も聞いていないし、言っていないが、その事実はつまり、ユウリがソリッドに逆らうことはユウリ自身、もしくはドッピオの死を意味する。
 ソリッドが、彼らの組織でどれ程の地位にいるのか、ユウリは知らないが、それでも、少なくとも決して下っ端ではないのだろう。
 そうでなければ、頻繁に繰り返される、暴力もクスリも何でもアリの、彼との強姦じみたセックスに耐えられるわけがない。

 時折、優しいドッピオが彼のように、いつか自分を殴る日が来るのではと不安に駆られることもあった。
 それは決まって、今日のような日に起こる。



 扉を何枚か隔てて、シャワーの音が聞こえてくる。
 これは最近になって気づいたことだが、仕事から帰った後、ドッピオは、いつもより長くシャワーを浴びる。
 身体にこびり付いたニオイを消し去る為だろうか。女であるユウリ以上に長風呂な彼を、ユウリは、手持ち無沙汰に髪を弄りながらベッドで待った。

「寝てていいって言ったのに」

 しばらくののちに、ドッピオは大きめのパジャマに身を包み、よく冷えたチェリーコークを片手にやって来た。
 ベッドに横になり、ファッション雑誌を読んでいたユウリに、呆れたような溜め息を投げかけながら、ドッピオはベッドサイドへ腰を降ろす。

「ドッピオがいないと、眠れないの。…知ってるくせに」

 恨めしげにドッピオを見上げる、暗い色合いの瞳は、到底、大人の女が少年を誑かすようなものではなく、ただの寂しがりやな子供そのものだった。

 無言のまま彼女に背を向け、チェリーコークを一口飲む。
 すると後ろから腰に手を回され、弱々しい力で抱きつかれた。

「ドッピオ」
「…」
「ドッピオ、こっち向いて」
「あとでね」
「今。ねぇ、冷たくしないで」
「…ハァ」

 思わず、溜め息が出る。
 過保護で女々しい彼女の態度は、普段こそ甘んじて受け入れているものの、任務帰りの殺伐とした心境の時は、流石に多少なりとも嫌気がさす。
 他人に構う余裕がないほどピリピリしているというのに、ドッピオ自身よりもかなり年上のはずの彼女はそれを許容するどころか、勝手に勘違いして勝手に不安がって、勝手に泣きそうになっているのだ。溜め息の一つや二つ、当然と言える。

「泣くの?」
「泣、だって、ドッピオ、ドッピオが冷たいから」
「疲れてるんだもん。誰かさんはちっとも癒してくれないし」

 そう言って、ドッピオは、ユウリの頭をクシャリと撫でる。その、悪戯っぽい口調と仕草に、ユウリの目尻も自然と緩む。

「そんな僕がいないとダメみたいな顔して」
「……」
「しょうがないな。ユウリは」

 サイドテーブルにチェリーコークの瓶を置き、ドッピオは、ユウリの上半身を無理やり起こすようにして、抱きしめる。
 乱れたキャミソールが、僅かだが、強張った腰回りを露わにする。

「ドッピオ」

 次の言葉ごと、ドッピオは口づけで塞いでみせる。
 そのまま、形のよい、薄い唇を咀嚼するように犯していく。
 彼の、この愛撫のような口づけは、ユウリによって仕込まれたものである。

「足りない?」
「足りない」

 言って、また口づけてくるユウリを、ドッピオは、ゆっくりとベッドへ沈めた。

 −−−こんなに、ユウリを不安にさせて。
 『ボス』の悪癖にも困ったものだ。

 またあちこちに生傷のできた肩を、ベッドに縫い付けるように、ぐっと押さえる。
 痛い、と怯えたように潤んだ瞳を、ドッピオは、ただ愛しいと思った。




2011.11.06
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