レプリカ
 カツ、カツ、と聞き慣れた足音が廊下に響き、ユウリは床に横たえていた身体を素早く起こした。

「うっ」

 ぶ厚い皮の首輪が喉元に食い込み、思わずえずく。首輪から繋がった大きな鎖が、数えきれないくらいDIOと夜を過ごしたベッドの脚に括りつけられ、ユウリはずっと、身動きがとれないでいた。

 ずっと、というのは、今朝方、DIOが眠りに就いたときから、日没をむかえた今の今までずっと、という意味である。

 どれだけ身体を重ねても、愛の言葉を囁いても、自分に決してなびこうとしないユウリに、DIOはついに痺れを切らし、毎夜のことである情事のあと、ユウリをこの部屋に閉じ込めたのだった。

 昼夜問わず、光のささないこの部屋で、服も下着もまとうことを許されず、ユウリはただひたすら、館の主人である、うるわしき吸血鬼が自分のもとを訪れるのを待っていた。

 扉が重々しい音を立てて開く。DIOだ。ユウリは咄嗟に、床に広がったシミを自身の脚で隠すように座りなおした。日中、トイレが我慢できずに粗相をしてしまったのだった。

「気分はどうだ?」

 ユウリは目を合わせない。怒っているのか、泣いているのか、表情を隠して俯いたまま。
 反抗的ともとれる彼女の態度に、DIOはニィと唇のはしをつり上げ、「答えろ」ユウリの両頬を強く掴んだ。

「なんて顔をしている」

 てっきり、怒っているのかと思ったが、彼女は意外にも、羞恥に顔をそめ、唇を噛み、その大きな瞳いっぱいに涙をたたえていた。そして一言、

「…ごめんなさい…」

 そう言った。声はわずかに震えていた。もらしてしまったことを咎められるか、もしくは馬鹿にされるかと思ったのだろうか。
 しおらしいユウリの姿に、DIOは、ほう、と三日月形に目を細めた。

「はしたない女だ。我慢もできずに主人の部屋を汚すとは」
「そんな…っ、ひどい…」

 もじもじと内ももをすり合わせ、か細い両腕で自分自身を抱きしめる。
 羞恥心からか、伏し目がちだった瞳からは大粒の涙がこぼれはじめる。それを拭ってやることもせず、DIOは、首輪の鎖、その付け根部分を強く引いた。

「いっ…」
「立て」

 鎖を握ったまま、DIOは、腕を目の前まで持ってくる。
 まるで、クレーンで持ち上がるようにして、ユウリの体は直立した。力の入らないユウリを、引っ張った首輪の部分だけで立たせているような状態だ。

「うっ…ぁ」

 苦しそうに呻きながらも、必死に抗おうと、ユウリは首輪に爪を立てた。
 白い喉元が、爪痕で、幾筋も赤く傷ついていくさまを、DIOは舌なめずりをして見ていた。

「苦しいか?」

 ユウリは答えず、ぽろぽろと床に涙の染みをつくっていく。

「私がいない間、どんな気分だった?孤独だったか?寂しかったか?不安だったか?それとも強く憤ったか?…いずれにせよ」

 “私のことだけを考えていただろう”

 そう、耳元でささやき、DIOは、赤みの失せた、うすい唇にキスをした。

「っ…、いや…!!」

 縛り上げるように鎖を引かれ、息苦しい。

「や…!!」

 ユウリはDIOのキスを咄嗟に拒んだ。拒みはした。けれど、DIOのキスが、この場に不釣り合いなほど優しくて、まるで縋りつくようで、ユウリはただ困惑した。彼の口づけに、一瞬でも安堵を覚えた自分が嫌だった。

(―――違う。こんなキスは嫌い。私の知っているキスじゃあない。私が、愛しているのは―――)

「ワールド…っ」

 嗚咽交じりにその名を零すと、まるで、DIOの肉体から分離するように、瞬時にザ・ワールドが発現した。
 ザ・ワールドはユウリの背後に回り込むと、首輪からのびた鎖を破壊した。支えがなくなり、床に崩れ落ちそうになるユウリを抱きかかえ、ザ・ワールドは、重みのなくなった鎖を握ったままのDIOを静かに見据えた。

「邪魔をするな。ザ・ワールド。この女には、今からたっぷりと理解させてやらねばならん」

―――誰がキサマの主人なのかということをな!

 言って、DIOは、ザ・ワールドの腕からユウリを奪い取り、首に手を掛けながらベッドに沈めた。
 ギチギチと首を締め上げながら、ユウリの体に跨り、DIOは狂気めいた笑みをもらす。やがて自身のズボンに手を掛け、

「舐めろ」

 と、まだ何の反応も示していない性器を、ユウリの眼前に曝け出した。

「い…」

 “いや。”拒絶をかたどる唇に、ものを押し付け、無理やりこじ開けようとする。体の上下は違えどキスをするように。
 頑なに唇を割ろうとしないユウリだが、鼻をつまんで呼吸を封じてやれば、容易にそのガードは解かれる。
 うっすらとひらかれた唇に、躊躇することなく一気に差し込むと、ユウリは、圧倒的なモノの圧迫感にうえっとえずいた。

「歯は立てるなよ」

 DIOはゆっくりと腰を振りだした。歯を立てるすき間なんてありはしない。口内どころか、喉の奥まで、DIOのもので満たされているのだから。

「ン…んん、ぅ…ん」

 唾液でたっぷりと濡れた口内は、まるでDIOのそれを喜んで受け入れているようだ。
 DIOはユウリの前髪を掴み上げると、そのまま乱暴に上下に揺する。ユウリが泣くのも、嗚咽をもらすのもまるで意に介さず、ただ己の欲だけを高めていく。

「んン、くふ、ん…」

 涙を零しながら、首をゆるゆると横にふり、逃れようとするユウリを、DIOは、きゅっと引き絞られた赤い瞳でもって見下ろし、
「まだわからないのか?」
 と、問いかけた。

「ッ!?ん…んー!!」

 同時に首を締め上げられ、ユウリは苦悶の表情を浮かべた。
 ぎゅう、と、膣と同じように窄まる喉。恍惚の甘い吐息を吐き出し、DIOは、ユウリの口内に射精した。

「飲め。全部だ」

 余韻に浸りながら、DIOは、自身の欲を嚥下するユウリの髪をなでた。

「ふ…っ、もう、許して…」

 どろりとした濁水。DIOのそれは涙のような味がした。傷ついた首元と犯された喉奥はじんじんと熱をもって思考を蕩かせていく。
 髪を撫でないで。縋るような目をしないで。やさしくされたら、いつくしむような口付けをされたら、この男を憎んでいいのか、わからなくなってしまう。

 ベッドサイドに佇むザ・ワールドが、ゆっくりと手をのばし、ユウリの目にたまったしずくをぬぐい取る。

「ワールド…」

 他の男の名を呼ぶ唇。他の男を見つめる瞳。彼女のすべてに、DIOの体は熱くなる。

「ザ・ワールドよ。そこで見ていろ」

 DIOはもはや、ザ・ワールドがユウリにふれるのを拒まなかった。
 力なくベッドに沈む彼女の、形のよい乳房に舌先を近づけると、ザ・ワールドに見せつけるかのように、わざとらしく音を立てて飾りをなめた。

「あ…ッ」

 逃れようとするユウリの両肩を強くベッドに押さえつけ、DIOは、ふたたび熱をもちはじめた自身を太ももあたりに擦りつけた。

「痛ッ!」

 突如として乳頭に牙を突き立てられ、ユウリは喘いだ。
「良い声だな」DIOは言う。「その痛みを忘れるな」

「お前の愛した男の傷だ」

 記憶にもまだ新しい、いつかのDIOの言葉を思い出す。
 DIOとザ・ワールドは五感を共有している。ユウリを苦しめることしかない彼の肉体も精神も、すべては、狂おしく愛したザ・ワールドのものと繋がっているのだ。

「ワールド…」

 涙を浮かべて、ザ・ワールドを見上げるユウリ。DIOの発言を肯定しているような、けれど拒絶して欲しいような、どんなふうにも取れる無表情を張り付けて、ザ・ワールドは彼女の頬に手をすべらせた。

 その間にも、DIOはユウリの体に新しい傷をつくっていく。脇腹に噛みつき、肩に爪を立て、そして長い指先で、膣内を掻き乱す。

「あ…んッ!」

 内部と同じように、思考まで蕩かされていく。難しいことが考えられない。ワールドを愛している。それだけではダメなのだろうか。

「あッ、あッ、あぁん…」

 ワールドの指。ワールドの爪。ワールドの唇。眩暈にも似た強烈な快楽が、全身を支配しはじめる。

 ユウリは抵抗しなくなった。ばたつかせていた腕をベッドに投げ出し、DIOの愛撫を大人しく受け入れる。
「ふん…」DIOはできるだけつまらなそうに努めた。気を抜くと、頬がゆるんでしまいそうだった。

(今は体だけで良い。いつか心まで完全に支配してやる)

「言え。ユウリ。どうして欲しいか、はっきりとな」

 白い牙ののぞくDIOの唇に、ユウリは自身のそれを押し当てた。
 DIOの唇は、いつも、血の味がする。寂しいような、切ない味だ。今まではそれが不快でしかなかったが、ザ・ワールドのものだと思えば、愛おしさがわき上がってくる。

「抱いて…DIO」

 そう言ってDIOを抱きしめる彼女の目には、ただひたすらに無表情を貫き通す一人の男が映るだけ。




2012.06.24
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