魔女のルージュ
 DIOは私を抱いたあと、いつもの棺ではなくベッドで眠る。なぜかと言うと、自分の見えないところで、私とザ・ワールドが触れ合うことが許せないからだ。なんとも面倒な男だと思う。どうせ、私とザ・ワールドが何をしようと構わず眠り続けているくせに。

 ともかく、DIOの目蓋が落ちているとき。それは、私とザ・ワールドが唯一、二人きりで過ごせる時間だった。

「ワールド」

 見かけによらず―――、と言ったら失礼だが、ワールドはロマンチストだ。ここのところ、彼は『私に似合うもの』を発見することに熱中しているらしく、暇さえあれば、花瓶に活けられた花や、DIOの宝石、美しい銀食器などを私に差し出してくる。
 今だってそうだ。昨日、私が庭先で摘んできた薔薇の花を、しん、と花瓶の前に佇みながら品定めしている。

「どの花も一緒よ」

 言いながら、後ろから、ぎゅ、と抱きつく。ワールドの身体が少し、強張った。
 ワールドの右手が、花瓶に向かって動く。どうやら、どれにするか決めたようだ。

 私は、ワールドの選んだ花を、ワールドの手で、髪に差してもらうのが好きだった。陳腐だが、そのひととき、ワールドだけの、たったひとりの女でいられる気がした。

 けれど、ザ・ワールドは、薔薇の茎にふれた瞬間、ぴく、とその動きを止めた。

「どうしたの?」

 不思議に思い、覗き込む。相変わらずの無表情で、自身の指先を見つめるザ・ワールド。そこに私も視線を送る。と、

「…あ」

 彼の指先を彩る、鮮血。ぷっくりとふくれた血のつぶが、形を崩し、指先から床へと零れ落ちていく。まったく、綺麗な薔薇には棘がある、とは、どこの国の諺だったか。

「大丈夫?」

 わかりきってはいるが、一応、聞いてみる。DIOと同じ治癒能力をもつザ・ワールドにとって、この程度の傷など、ほとんど意味を成さない。

 ワールドの指先を、口に含もうとして、ふと止める。ワールドが、自身の指先と、私のくちびるとを交互に見て、ぼんやりしていることに気づいたからだ。

 ふ、と吐息のような笑みがもれる。私も馬鹿ではない。ここまでくれば、ワールドが何を考えているのかくらい、さすがにわかる。

「私、花よりもそっちが良いわ」

 血のついていない方の手を握り、指先を絡める。普通の恋人たちが、ごく当たり前にそうするように。

「ワールド。私を世界一綺麗な女にして」

 真っ赤な血のルージュ、なんて、御伽噺の悪役みたいでとても素敵だ。彼がいるだけで、私は童話のお姫様にも、悪い魔女にもなれる。簡単だ。あとは、ワールドが私の唇に指をすべらせるだけだ。




2012.06.01
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