RISKY
「い…いやっ…」

 広く、長い屋敷の廊下。仕入れたばかりの果実酒を運んでいたテレンスの耳に、ふと、か細く、弱々しい女の声が届く。
 よくよく耳を澄ませば、それは、ここから目と鼻の距離にある主人の部屋から聞こえてくる。

「イヤ…っやめて、…やめて…」

 途切れ途切れの、拒絶の言葉を聞きながら、――そういえば、DIO様は近ごろ“お気に入り”を見つけたらしい――と思い出す。
 テレンスはまだその女を見ていないが、一度、二人の情事に参加させられたらしいヴァニラが、DIO様はなぜあんなチンクシャに…と嘆いていた。

「ふむ…」

 ―――ま、しょせん、DIO様にとって、女などは食糧であり、そして一時の戯れに過ぎないのでしょう―――
 いずれはその女も食糧として、主人の血肉となるのだろう。テレンスは肩をすくめて、DIOの部屋をあとにした。





 時を同じくして、DIOの部屋。

「イヤぁ!」

 ベッドの上で、DIOに押さえ付けられながら、ユウリは激しく抵抗していた。
 服は乱れ、ボタンのすべて外されたブラウスが、かろうじて腕に引っかかっているという有様だ。DIOはそんな彼女に跨り、楽しそうに体じゅうを撫でまわしている。

「美しい肌だな」
「さわらないでっ!」

 振り上げた右手の爪が、DIOの頬をかすめ、つう、と赤い一文字を刻み込む。
 しかしそれも、吸血鬼である彼にとっては無意味。一瞬のうちに、傷は跡形もなく消え去った。金髪のよく映える彼の肌は、鮮やかなほどに生白い。

 筋肉に彩られた厚い胸板を、ユウリは弱々しく押し返す。
 当然だがDIOの身体はびくともせず、すがりつくような形になってしまった。

「DIO…おねがい、やめて…」

 湖畔のように不安定な瞳は涙が滲み、怒りよりも怯えを映し出している。

「ふん…」

 ふだん強気なユウリも、組み敷いてしまえば可愛いものだ。
 自分の一挙一動に、びくびくと身体を強張らせるユウリに、DIOは自分の征服欲と嗜虐心が満たされていくのを感じた。

「あ…っ、イヤ、嫌…!ワールド、…ワールド…っ」

 首筋に吸い付くDIOの頭を押し返しながら、ユウリがザ・ワールドの名を呼ぶ。
 一瞬、蜃気楼のように背景がゆらめき、DIOの肉体がぶれて見えた。かと思うと、発現したザ・ワールドが、ユウリを腕に掻き抱いて、ベッドサイドに鎮座していた。

「ワールド…」

 体温のない胸板に、ユウリは顔をすり寄せる。ザ・ワールドに抱きしめられている彼女の表情は、安堵と恋慕に満ちている。しかし、それでも、ユウリの身体の震えはとまらない。

「ぅ…」

 ふせられたまつ毛から、涙が伝い落ちる。ザ・ワールドの親指が、彼女の頬をなぞるように、涙を拭った。
 ユウリの表情が一瞬、緩んだのを、DIOは見逃さなかった。

「ユウリ」

「私を見ろ」片手で、ユウリの頬を引っ掴む。それから、間髪入れず、情のない躾のような口づけ。

「ン…っ」

 口内を蹂躙する、ざらついた舌に、ユウリは身を捩って抵抗する。DIOは、吸血鬼の象徴である鋭歯を、しきりに奥へ引っ込もうとする舌先に押し当て、逃げられないようにする。

 ユウリの唇を十分に味わい、DIOは、悪戯っぽい笑みを浮かべ、言う。

「良いことを教えてやろう」

 その言葉の意味とは裏腹な、悪い響きを感じとり、ユウリは身震いする。

「スタンドは本体の精神を具現化した存在。…私とザ・ワールドは精神を媒体として五感の一部を共有しているのだよ。…痛みも、快楽もな」
「………」
「わかるか?つまり、ザ・ワールドの受けた傷は私の傷でもある。逆も同じだ。私が死ねばザ・ワールドもまた消滅する」
「…そんな、こと…」

「確かめてみるか?」―――乱暴に捩じ込まれた舌に、ユウリは咄嗟に噛みついた。
 DIOは、血の滲んだ舌先を見せつける。嘘、と思いながらも、ザ・ワールドの方をふり返ると、ザ・ワールドの唇のはしからは、一すじの血が伝っていた。
 吸血鬼の治癒能力。傷はすぐに癒えたが、ユウリはその事実に、抵抗することすら忘れて、呆然としていた。

 DIOとワールドは、快楽さえも共有している――?
「だ、だからって…」声が震えた。

「だからって…大人しく貴方に抱かれろっていうの?」

 怯えきった瞳が、懇願するようにDIOを見た。DIOは、余裕を崩さず、楽しそうに笑顔を浮かべている。
 けれど、不安を掃うように、ザ・ワールドに髪を撫でられ、表情を綻ばせるユウリを見て、DIOの笑顔は崩れ去る。

 ―――面白くない。

 ユウリに対して、DIOは、愛も興味も無いが、かと言って自分より他者を選ぼうとする彼女の行為がとても―――面白くなかった。彼女のことに関してだけ、自分の言うことを聞かないザ・ワールドも、面白くなかった。


「ザ・ワールドよ」

 DIOが、そう呼べば、怒りも悲しみも宿らない、無機質な瞳がDIOをとらえる。

「返せ」

 かたく閉じられたザ・ワールドの腕から、ユウリを奪い返す。「やだっ…」暴れるユウリを膝にのせ、DIOは唇に噛みついた。

 頼りなく震える両手首を、DIOに押さえ付けられ、ユウリはたやすくベッドに押し倒された。
 かたく閉じられた両膝を、DIOは体を割り込ませて、開かせる。じりじりと股間を膝で押され、ユウリは涙を流して抵抗した。

「イヤッ…やめて…DIO、いや…っ」
「ユウリ。今さら、何を拒む必要がある?私とザ・ワールドが、快楽を共有していると…わかっていないのか?」
「そんな、…ッそんなこと言われたってっ…」

―――たとえ同じ精神のもとに存在するのだとしても、私にとって、ワールドはワールドで、DIOと同じだなんて思えない―――整理の付かない頭で、ユウリは、そう思っていた。
 ザ・ワールドは、ザ・ワールドであり、他の誰かと同じだなんて、思えない。DIOとザ・ワールドが快楽を共有しているのだとしても、そのためにDIOに抱かれるなんて、嫌だ。

 ユウリは、涙声で訴える。

「ワールドの前で、こんなの、やだぁっ…」

 すると、ザ・ワールドが、無表情のままにDIOの腕を掴んだ。

「…キサマら…」

 ユウリとザ・ワールドとを交互に見やり、DIOは額に青筋を浮かべて、低く唸った。そのまま、見せつけるようにユウリに口づけると、ザ・ワールドの口元がぴくりと動いた。

「DIO、…あ……愛してるの。私…ワールドのことが好き…」

 しゃくりあげながら、言う。けれど、DIOはそんな彼女を冷徹に見下ろしながら、ふん、と鼻をならすだけだった。




2012.05.14
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