04.存在価値を問う
 ステンレス製のマグカップに、ホットミルクを注ぎ、ブチャラティは執務室のソファをふり返った。

「珍しいな。お前が一人でここに来るなんて」

 言いながら、ソファにちょこんと座る、金の毛並みの少年にミルクを差し出す。

「ありがとうございます」

 ジョルノはおそるおそる、ミルクに口をつけ、それが適温であるとわかってから一気にすすった。彼は犬のくせに猫舌だった。

「どうしたんだ、一体。わざわざ俺の仕事場まで来て。ユウリと何かあったのか?」

 ブチャラティはジョルノの隣に腰を下ろし、つややかなその髪を撫でやった。ユウリ以外の人間には、触れられることを極端に嫌がるジョルノだが、ブチャラティは例外のようで、大人しく頭を撫でられている。

「ブチャラティに相談があるんです」

 ぺたんと耳を下げながら言う。

「相談?なんだ、ユウリのことか?」
「はい…」

 もっとも、ジョルノの相談事などユウリのこと以外に考えられないのだが。

「来週、ユウリの誕生日なんです。何かプレゼントをしたいんですが、でも、何をあげたらいいのかわからなくて」
「なるほど」

 ブチャラティは、壁掛けのカレンダーに視線を送り、それから少し思い出に浸る。
 そうか、そういえばそんな時期だな。ユウリと恋人同士だったころ、アイツへのプレゼントに、自分も悩まされた。
 やたらと高いネックレスを強請られたこともあったが、モノが明確なぶんまだマシだった。問題なのは、完全にこちらのセンスでプレゼントを選ばなくてはならないときだ。

「ユウリは、いらいないモノはいらない、ダサいモノはダサいとハッキリ言うからな」

 独り言のようなそれに、ジョルノがうんうんと同調する。

「毎年、ケーキを作ったり、マッサージをしたり、旅行に行ったりしていたんですけど、その、今年はそういうのじゃあなくって、なにか形に残るモノをあげたいんです。僕がユウリを愛しているっていう証。でも、人間の女性が喜びそうなモノなんて、僕、わからなくって…」

 しょんぼりと肩を落としながら、口さみしそうに、中身の少なくなったマグに口をつける。
 ブチャラティは、顎に指を添え、うーん、と首をひねった。

「難しいな。俺もこういうのは苦手なんだ」
「弱気なこと言わないで下さいよ。ブチャラティだけが頼りなんですから」
「そう言われてもな。ちなみに何か候補はないのか」

 ドリップしたコーヒーに口をつける。そんなブチャラティに、ジョルノは、「ありますよ」

「へえ。聞かせてくれ」

 ブチャラティはコーヒーを喉に流し込む。

「えっとですね、首輪と」
「首輪!?」思わずコーヒーを吹き出しそうになる。「ネックレスじゃあなくてか?」
「あとヌイグルミと」
「アイツももういい年だぞ。ヌイグルミは…」
「あと毛布ですかね」
「ああ、あったかいからな…」

 もはや突っ込む気力もなくなったのか、ブチャラティは額に手を当て、大きく息を吐いた。見た目はどれだけ人間に近くても、ジョルノもやはり中身は犬なのだと実感させられる。

「ダメですか?」
「いや…ダメってわけじゃあないが、そりゃお前がもらって嬉しかったモンだろ?」
「そうですけど…」

 ジョルノは小首を傾げる。何がおかしいのか、わかっていない様子だった。

「あのな、人間と犬の感性は違う。ヌイグルミや毛布も確かに嬉しいだろーが、プレゼントとなるとまた別なんだよ」
「………」

 あからさまにシュンとなるジョルノに、ブチャラティはあわてて、

「ああ、けど首輪って案は良い。首輪というか、ネックレスだな。アクセサリーはプレゼントとして一般的だ」
「本当ですか?」
「ああ。男は好きな女を飾りたがるし、女は好きな男から貰ったモノで自分を飾りたがるからな」

 後半はブチャラティの持論ではなく、おそらく、本か何かで読んだのだろう。ブチャラティという男を知れば知るほど、女心とは無縁な存在に思われた。

「プレゼントはアクセサリーで決まりですね。僕もユウリを飾りたい」

 プレゼントを渡したときのユウリの顔でも想像したのだろうか、ジョルノは嬉しそうに表情を綻ばせるが、ふと、ブチャラティの脳裏に疑問がよぎる。

「それはそうと、お前、予算は大丈夫なのか?」
「え?予算?」

 予感的中。ジョルノの頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいる。

 犬がヒトの言語を操り、二足歩行で生活しているこの世界では、飼い犬にも定期的に小遣いを渡すのが普通だが、その額はもちろん、そう多くはない。ユウリのような一般家庭では、せいぜい子どもがお菓子を買い食いできる程度の額が通途である。

「これじゃあ無理ですか?ユウリにプレゼント買えませんか?」

 ジョルノはてんとう虫型のがま口財布を取り出した。中では小銭がちゃりちゃりと音を立ててはねている。

「買えないこともないが、アイツの欲しがるような装飾品は高いからな…」
「…無理ですか?ブチャラティ、何とかなりませんか?」

 ゆるゆると尻尾をふりながら、じっと見上げてくるジョルノ。それは、諦め、というよりも、むしろ何かを期待しているような目だ。

(まったく、コイツは…)

 しっかりしているというか、ちゃっかりしているというか。こういうところが、主人によく似ていると思う。結局のところ、ブチャラティは、この二人の主従、そのお願いにとても弱いのだ。

「…仕方ないな。今日一日、お前を雇ってやる。化粧品や香水くらいは買えるくらいの日給は出してやるよ」
「本当ですか!?」

 ありがとうございます!と両手放しで喜ぶジョルノ。その眼前に、ブチャラティは「ただし」と人差し指を突きつける。

「条件がある。ユウリの誕生日、当日じゃあなくて良い。今年は俺にも祝わせて欲しい」
「…え?」

 予想だにしていなかった一言に、ジョルノの動きがぴたりと止まる。

「それは、僕たち三人で、ってコトですか?」
「ンなわけねえだろ。デートに小姑同伴なんて冗談じゃあねえ」

 ブチャラティの口から、デートという単語が出てきたことにもびっくりだが、それ以上にジョルノは困惑した。
 ブチャラティが、ユウリとデート。もちろん二人っきりで。
 日頃の、ジョルノの涙ぐましい努力…もとい威嚇と束縛のかいあって、ユウリはその整った容姿のわりに男っ気がまるでない。
 「ユウリには僕がいるから良いんです」そう言い続けてきた。今もそう思っている。
 なのに、それを今さら、いくらブチャラティといえど、他の男と二人きりにするなんて…。

 ユウリに贈るプレゼントと、ブチャラティとを心の秤にかけ、ジョルノは悩んだ。
 数分にわたって、うんうんと唸り、やがてジョルノは答えを出した。

「…わかりました」

 どうやら天秤は、喜んだユウリの笑顔の方に傾いたらしい。

「交渉成立だな」
「ええ。でも、あくまでデートだけですよ。必要以上にユウリにベタベタ触ったり、口説いたりするのはナシですからね!!」

 話しているうちに熱が上がってきたのだろう、拳まで握って力説するジョルノに、ブチャラティは「それは難しいな」と自身の首根に右手をまわした。

「努力はする。しかし約束はできない」
「な…」

 真面目な彼の中にひそむ雄の顏。
 「さて」ジョルノの反論を許さず、ブチャラティは立ち上がった。つられてジョルノの耳がゆれる。

「ジョルノ。さっそくお前に仕事だ。給料分、きっちり働いてもらうからな」
「…まったく、ちゃっかりしているんですから」
「人のこと言えンのか、お前は」

 呆れたように言いながら、ブチャラティは、ジョルノの鼻先に、一通の手紙を差し出してくる。
 ジョルノが何回か鼻をひくつかせたのを確認して、それを引っ込めた。どうやらもう仕事は始まっているらしい。

「ニオイを覚えたか?この手紙の差出人から、別の依頼書が届いていたんだが、どこに仕舞ったのか忘れてしまってな。まずはそれを探してもらいたい」
「初っ端からずいぶん面倒ですね」

 ブチャラティはカタギの人間ではない。彼に与えられた事務所――今二人がいる場所だが――、そこは書類やらよくわからない部品やらが雑多に散らばっており、この中からニオイだけを頼りに手紙を探し出すなんて、考えただけでも億劫だ。

 だるそうに尻尾を丸めるジョルノに、ブチャラティは、「ユウリの為だ、ガマンしろ」と檄を飛ばした。

「好きな女の為に働くってのも悪くないだろ」
「…それは僕に対してですか?それとも自分に対して?」

 しれっと言いながら、ジョルノは執務室の本棚の匂いを、片っ端からくんくんと嗅ぎ分けていく。
 そんなジョルノの背後で、ブチャラティは何を言うでもなく佇むだけ。

(好きな女の為、か…)

―――俺にもあんなふうに、ユウリのことで頭がいっぱいだった時期があった。
 今とあのころで、俺の気持ちの変化はどれほどあるだろう。背負ったものと取り巻く環境が変わっただけで、ユウリへの気持ちはきっと、少しもゆらいでいない。彼女は俺を恋人としてでなく、友人として付き合っていくことを選んだけれど。

 懐かしい思い出と、数年ぶりのユウリへのプレゼントに胸を焦がしながら、ブチャラティは執務机に向かうのだった。




2012.06.21
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