03.守る気あるのか、お前 ふあ、とユウリが隣であくびをする。眠たげな目蓋をこすり、くわえたままのハブラシをゆるゆると動かす。シャコシャコと小気味よい音が聞こえた。 「くあ…」 ユウリの欠伸がうつったのだろうか、ジョルノも大きく口を開けながら、のびをする。その姿に悪戯心をくすぐられ、ユウリは人差し指をジョルノの口へ突っ込んだ。 「食べちゃいますよ」 「あら?ジョルノは狼だったのかしら?」 鋭い犬歯で指を甘噛みされ、ユウリはクスクス笑いながら、口をゆすぐため立ち上がった。離れることを惜しんで、ジョルノは、ユウリの腰に抱きついたまま、のろのろと洗面所まで付いて行く。黄金色の尻尾は楽しそうにゆれている。 「もう…ジョルノってば」 歯磨きを終え、リビングに戻ろうとするが、相変わらずべったりとくっついたままのジョルノに、ユウリは溜め息をこぼした。 「歩きづらいよ」 「ほんのちょっとの距離じゃあないですか」 僕が邪魔なんですか?と、むっとするジョルノ。彼はワガママを言い出したら決して折れない。それを知っているから、ユウリはもう一度だけ溜め息を吐き、わかったわよ、と大人しく歩き出した。 今日は日曜日だ。ジョルノは何よりも日曜日が好きだった。いつも仕事で忙しいユウリが、今日だけはずっと家にいて、自分だけを構ってくれる。大好きなユウリが、自分だけのものになる。どこかへ出かけるわけでもなく、何をするわけでもなく、家でゴロゴロとテレビを見たり、買っておいたケーキを食べたりする。そんな小さなことがとても幸せだった。 リビングに戻る前に、ユウリはキッチンに寄り、冷蔵庫を開ける。 「ユウリ、ユウリ、プリン」 冷えた缶ビールを取り出すユウリの袖をひき、おねだりをする。ユウリが休日前に、ジョルノのためにプリンを買っていたことくらい、お見通しなのだ。 「しょうがないなぁ。一個だけだよ?」 言葉とは裏腹に、楽しそうなユウリの口調。ジョルノは、ビールを持つ彼女の手の甲にキスをした。「ありがとうございます」 「ふふ、大袈裟なんだから」 金髪をのせた小さな頭を撫でようかと思ったが、生憎両手が塞がっていた。ユウリは、ビールとスナック、それにプリンをトレーに乗せて、ついでに腰にまとわりつくジョルノもつれて、リビングへと向かった。 一人暮らし―――否、二人暮らしにしては大きすぎる、二人掛けのソファベッドに腰を下ろす。ジョルノはユウリの膝の上に横乗りになり、プリンに手をのばした。 「こら。行儀悪い」 「ダメですか?」 ユウリの顎や首筋、頬などをペロペロと無遠慮に舐め上げながら、ジョルノは問うた。 「ちょっと、もうっ…」 そのくすぐったさに、思考能力が低下する。時折ふれてくる、ぺたんと垂れた耳や髪ももどかしい。ユウリの気がゆるんだそのすきに、ジョルノは素早くプリンを取り、ぺりぺりと蓋を剥がした。 ユウリは諦めたようで、もう、何も言わなかった。何だかんだ言って、ユウリがジョルノにとても甘いということを、ジョルノ自身、よく知っているのだ。 ジョルノは人間と同じように、器用にスプーンを使い、プリンを食べている。その嬉しそうな表情を横目で眺め、ユウリはくすっと笑みをこぼした。 ジョルノの尻尾は相変わらず、せわしなく左右にゆれ動いており、時折腕にふれてくすぐったい。 特に観たい番組があるわけでもないが、BGM代わりにと、テレビをつける。 数年前のテレビドラマの再放送、子ども向けのヒーローアニメ、主婦に人気の料理番組…とチャンネルを回し、最終的に、ユウリの好きなニュースキャスターの出ているニュース番組に落ち着いた。 ジョルノはあっという間にプリンを平らげ、今は手持無沙汰に、ビールのにおいをかいでいる。 そんなジョルノの口にコーンスナックを放り込み、ユウリはぐび、とビールを一口飲んだ。 「女子大生連続殺人だって。怖いねー」 テレビでは、数ヶ月前からイタリア国内で発生している、若い女性ばかりを狙った凶悪な殺人事件について報じている。 女子大生でもないユウリが、こんなことを心配するのは図々しいかもしれないが、それでも仕事で帰りが遅くなったり、夜道を一人で歩いたりもする。治安の悪いこのイタリアで、女の一人暮らしの彼女が、我が身を案じるのも無理はない。 「ユウリ?怖いんですか?」 体温の高い肌をすり寄せながら、ジョルノはユウリの首筋に舌を這わせる。それからユウリの答えも待たず、「大丈夫ですよ」と強い口調で言った。 「ユウリは僕が守りますから」 「ふふ、なぁにそれ?もしかして番犬のつもり?」 真剣に言ったことを茶化され、ジョルノは少しむっとする。 「つもり、なんかじゃあないです。僕はユウリの男ですよ」 「ユウリだけの、ね」言いながら、ジョルノはゆっくりと、ユウリの耳たぶに牙を立てる。敏感な部分をかじかじと甘噛みされ、ユウリはくすぐったさともどかしさに身をよじった。 「わかったわかった、ごめんって。頼りにしてるよ、ジョルノ」 むう、とふくれるジョルノの頬に、キスを落とす。それでもまだ不満のようで、ジョルノは、 「ココじゃあなきゃ、嫌です」 と、自身の唇を指さした。 「しょーがないなぁ」 親が子にするような、ふれるだけの、軽い口づけ。ジョルノは機嫌を直したようで、ぺたんと垂れ下がっていた尻尾も、先ほどまでの元気を取り戻していた。 「ユウリ、大好きです」 ぐるぐると喉を鳴らして甘えはじめるジョルノに、ユウリはその小さな頭をなでながら、笑みをかたどった唇で、んもー、と呆れたように息を吐く。 「こんな調子で、どうやって私を守ってくれるのかしら?」 「知りたいですか?」 ウン、と頷く前に、ジョルノは勢いよく、 「こうするんですよ!」 「きゃっ!」 ユウリの体を、かたいソファに押し倒した。皮張りのソファに身を沈められ、ユウリはぱちくりと目を見開き、頭上に君臨するジョルノを仰ぎ見る。 「ユウリに手を出そうとする奴は、僕が許しません」 自身の下でおとなしくなっているユウリの額に、ジョルノはちゅう、と唇を押し当てる。 「ジョルノ…」 「ユウリ、良い子良い子してください」 言われるがまま、覆いかぶさるように抱きついてきたジョルノの頭をなでる。 「ジョルノは可愛いね」 「本当ですか?」 「本当だよ。大好き」 顎や尻尾の付け根のあたりをやわく掻いてやると、ジョルノはいっそう尻尾を振り乱して、くんくんとユウリにすり寄った。 「甘えん坊なんだから、もう」 こんなんで本当に守ってくれるワケ?―――つぶやきは、心の中に仕舞っておいた。 了 2012.06.08 |