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 ホテルから、マンションまでの帰り道、二人はあまり喋らなかった。
 以前までの、凍りつくような沈黙ではなく、もはや言葉など必要ないほどに互いを信じ合っているような感覚だった。

 ユウリは、彼とともに居られることを、幸福だと思う。
 時々手を握りしめ、信号が赤になればキスをした。
 マンションに着いて、部屋に鍵をかける。その音を合図とするように、ブチャラティが唇に噛みついてくる。

「好きだ、ユウリ。…愛している」

 ティアーモ、だなんて、もっと情熱的な言葉だと思っていたけれど、ブチャラティのそれは、救いを差し伸べるような、優しく穏やかなものだった。

「…言っておくが、愛してる、なんて言ったのはお前が初めてだ」

 そう言って、ブチャラティの言葉とキスに溺れきっていたユウリに、水をさしたつもりだった。さすがのブチャラティも、恥ずかしかったのだ。
 けれど、ユウリには、それが、さらなる愛の囁きのように感じられた。
 うっとりと目を潤ませ、ブチャラティの顎に指を添える。

「しよう?ブチャラティ」

 断る理由は、なかった。







―――サルだな、まるで。

 ベッドの中、隣で眠るユウリを見下ろしながら、ブチャラティは一人ごちる。
 昨晩から、一体、何度身体を重ねただろう。性欲など人並みかそれ以下だと思っていたが、この底なしぶり、自分も健全な十代の男子なのだと改めて思い知らされる。

 静かに寝息を立てるユウリの髪を、一束、手に取ってみる。さらっとしていて、指のすき間からすぐにこぼれ落ちてしまう。
 前髪をそっとなでると、小さな額が露わになった。そこに口付けを落としてから、ブチャラティは、ユウリと同じシーツに包まった。
 二人分の体温で温まったベッドとシーツ。――あの日の続きだな、と、ブチャラティは、風邪で倒れた日のことを思い出した。


 ユウリの背負った数奇な運命。
 初めて身体を重ねた、あのとき、ブチャラティは言った。
 ブチャラティのスタンド能力、スティッキィ・フィンガーズならば、ユウリの背中の皮膚と、ブチャラティ自身のそれとを移し替えることができる。
 そう提案したが、彼女は首を横にふるだけだった。

 そして、コトの最中、ユウリは言った。
「どうかこの背中を、ブチャラティの手で切り刻んで欲しい」と。

「ブチャラティなら、良いの。ブチャラティになら、…ブチャラティの傷なら愛していける。どんな痛みだって耐えられる。お願いよ、ブチャラティ…」

 その願いを、ブチャラティは聞き届けられなかった。ユウリの体に刃を突き立てることなど、できるわけがない。そう言うと、ユウリは悲しいような、嬉しいような、複雑そうな顔をした。

―――俺は…

 無力だと思った。彼女の背負った悲しみも、痛みも、喜びも、何もかもを分けて欲しいのに、何一つ許されない。何一つ、叶えてやることができない。そんな自分を、ブチャラティは、どうしようもなく無力だと思う。

「こんなに近くに居るのに、な」

 一度は遠ざけたぬくもり。もう、彼女を失いたくはない。

(地獄だっていい。ユウリと共に行けるなら)

 眠っているユウリに口づけると、ユウリはくすぐったそうに身をよじった。
 子どものような寝顔に、笑みがこぼれる。幸福だった。彼女とのひとときに、永遠を感じた。


 そんな二人に、組織の暗い影が落ちる。
―――ヒトを愛し、傷つけ合い…そして互いを不幸にする、不完全な存在。…お前たちは、結ばれるべきではないのだよ―――

 ポルポの言葉が、呪詛のように二人に絡みつき、自由を奪い、やがて彼らを引き裂いていく。それぞれの思いが、物語を加速させていく。

―――コトが起こったのは、それから二日後のことだった。




2012.06.12
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