20
 二人は道路沿いの大きなモーテルに入った。「あのマンションは監視されているかもしれない」それらしい理由を並べたが、ただ単に、限界だったというだけだ。もう、我慢できなかった。

 部屋のドアをしめ、鍵をかけた瞬間から、二人のケダモノじみた口付けがはじまる。熱い息を吐きながら、ブチャラティは、ユウリの体を壁に押し付け、より口付けを深くする。膣のように熱くぬめり、唾液で蕩けたユウリの口内を、味わうように食んでいく。

「あ…ッ、ふ、ブチャラティ…」

 すす、とスカートをたくし上げられ、ユウリははしたない期待に胸を高鳴らせる。
 唇は重なり合ったまま、下着を少しだけずらされ、そのすき間から指を入れられる。

「ぁン…っ」

 もはや愛撫など必要ないほどとろけきり、男を欲しがっているユウリのそこを、ブチャラティは執拗に責め立てた。

「あ…ッ、ダメ…」

 ちゅくちゅくと小刻みに出し入れされ、ユウリは早くも達してしまいそうになる。薬を投与され、発情しきった彼女の体は、あらゆる刺激に敏感になっていた。

「…ひっ、…ァん、もぉ…っ」
「いくか?」

 言葉にならず、ユウリはこくこくと頷くだけ。けれど涙と唾液にぬれた顔を見られまいと、ユウリは決して目を合わせようとはしない。
 投薬された限界の体で、必死に快感に耐えているその姿に、ブチャラティの中で、愛おしさが募っていく。
 限界を促すように、指の動きを速め、ストロークを長くしてやると、「いやっ!」ユウリの全身に力がこもった。そのまま、再び口づけると、ユウリはあっさりと絶頂を迎えた。

 舌を絡ませながら、脱力していくユウリの体を、ブチャラティはそっと抱きしめる。
「ブチャラティ…」立っているのもやっと、といった様子で、腕の中でふるえるユウリ。肉体のそこかしこに艶を纏った官能的な姿。
 さらってしまいたいと思った。このまま何もかもを捨てて、ユウリを連れてどこか知らない場所へ。そんな、ひどく衝動的な感情。

「ブチャラティ…っ。まだ、全然足りないよぉ…。どうしよう、全然、おさまんない…」

 体じゅうが疼いて仕方ないのだろう。ポロポロと涙を零しながら、ユウリはブチャラティに縋りついた。
 それに応えるように、ブチャラティはやさしく頭を撫でてから、彼女の体をひょいと抱き上げ、ベッドへと移動した。

「きゃっ」大きなベッドの中心に、二人倒れ込むようにして、ユウリの体を押し倒す。

 唇を舐め上げながら、ブチャラティは、わざとゆっくり、身体のラインをなぞるようにして、ユウリのワンピースを脱がしていく。

「ふ…っ、ブチャラティ、…電気…消して…」

 全て脱がしきる直前、ユウリが言った。額にキスを落としてから、ブチャラティは、ベッドサイドにある照明のスイッチを切った。

 室内がふんわりと仄暗くなった。部屋のすみにぽつぽつと浮かんだブルーの間接照明が、二人の体を暗闇に映し出している。

「ブチャラティ…」

 ベッドの上で、衣擦れの音がする。近づくと、間髪入れずに、ぬれた唇が押し当てられる。「ブチャラティ、はやく…」すでに勃ち上がった男根を撫で上げられ、ブチャラティは切なげな吐息をもらした。
―――こんな形で、ユウリを抱くことになるなんて。
 罪悪感と、それを遥かに上回る欲の昂ぶり。

「ユウリ」

 一糸まとわぬ姿となったユウリの膝を、ゆっくりとひらき、腰を押し込んでいく。
 先端が、つぷ、と音を立てて埋まる。そのまま、奥まで一気に貫いた。

「あぁ…!」

 待ちわびた快感に、ユウリは、入れられただけで達してしまった。シーツを強く握るユウリの手に、ブチャラティは自身のそれを重ねた。指を絡ませ、離れないようにする。

「はぁ、…ん、ブチャラティ…」

 長さのあるブチャラティのペニスは、からみつく淫肉をかきわけ、子宮の入り口にまで到達する。女の弱い部分をコツコツとつつく先端部分がたまらない。
 呼吸を整えようと、喉をふるわせているユウリに、ブチャラティは、「大丈夫か?」と微笑みかける。彼自身も限界だというのに、自分を気遣ってくれる、その優しさが、ユウリは嬉しかった。

「いいの…。…ブチャラティの好きなようにして、いいから…。気にしないで、ん…っ」

 キスで唇を塞ぎ、ブチャラティは、ゆっくりと腰を動かしはじめる。

「…っ…、ユウリ…」

 ブチャラティを咥えこんで離さない、小さな膣穴。雁首の引っ掛かりと、肉の壁とが、こりこりとこすれて気持ちいい。

「…ふぁ、…あん、ぁ…ッ」
「…そんな声、出すな…」

 欧米の女とはまた違う、泣くような喘ぎ声に、ゾクゾクと感度が増していく。
 ブチャラティは、絶頂を迎えようとしていた。
 狂おしいほど愛した女を、どんな形であれ、この腕に抱いているのだ。この、燃えるような激情を、もはや押し殺す必要はなく、ブチャラティは、ユウリへの想いを全て、その一言に込めた。

「…ユウリ。愛している」

 刹那。ユウリの体を電流が貫いた。
 それは強く甘い痺れを伴って、ユウリの思考と、今までの苦悩をとろけさせていく。

「ブチャラティ…、私…っ」

 このまま死んでしまいたい!愛した男を地の獄に突き落としても、二人一緒であるなら、それでいいと思えた。彼とならどこへでも行ける。なんだって幸福だと思える。

―――この人なら、良い。私の全てを捧げられる。たとえ、向かう先が地獄でも…。

「ブチャラティ…」
「どうした?」

 ブチャラティは、律動を速め、途切れ途切れに息を吐いている。
 ユウリの胸に、罪悪感が圧し掛かる。このタイミングで、なんて卑怯なんだろうと思う。
 けれどもう、どうしようもないのだ。誰も自分を止められない。この男のすべてが欲しかったし、また、自分のすべてを知って欲しかった。
 ひとつの決意。ユウリは、喉元から声を絞り出した。

「…私のこと…、本当に…愛しているなら、お願い…。背中に、キスして…」
「?」

 子どもの我が儘を可愛がるような声で、「どうしたんだ?急に」

 ユウリは顔を伏せた。「ブチャラティ…」おずおずと身を反転させ、ブチャラティに背を向ける。

「ブチャラティ。私と、一緒に…」

―――地獄へ。

「ッ!!」

 ブチャラティは息をのんだ。

「ユウリ、これは―――」

―――雄々しく羽を広げた大鷲。大輪の牡丹の花。うっすらと夜の色をまとった、欠けた月。華奢な背中一面に描かれた、和彫りの風景画。

「これが…、アナタたちの欲しがっていた、兄さんの遺作。題名は、“花鳥風月”。誰にも言うつもりはなかったけど、ブチャラティ、アナタになら、良いと思った。守ってだなんて言わない。…ただアナタに、知っておいて欲しかったの」

 ブチャラティは、生唾を飲み込んだ。声が出なかった。その入墨の、凄惨なまでの美しさはもとより、彼女の孤独を思うと、胸が張り裂けそうだった。今まで、一人きりで、一体どれほどの痛みや苦しみに耐えてきたのだろう。

 女性らしい、柔らかな肢体に描かれた、東洋の小さな島国の四季。

 その、どこか病んだようなアンバランスさは、ひどく痛々しいけれど、艶めかしい色づかいが絶妙で、調和がとれており、嫌でも目を奪われる。チープな言葉しか浮かんでこないが、一言でまとめるなら、そう、とても―――

「…綺麗だ。ユウリ」

 崇拝。痛みを乗り越えてきた美しい背に、誓いを立てる。

「あ…」

 何よりも、甘美な口づけだった。「ユウリ」手を握り、指を絡め合う。ブチャラティは、ユウリの背に広がる刺青のすじ、そのひとつひとつにキスを落とし、やがて彼女の中に精を放った。




2012.06.07
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