首飾り01
 ドッピオから、今日はいつもより早く帰れる、と連絡が入り、ユウリは浮かれた気分で夕飯をこしらえていた。
 ほんの少しだが、いつもより手の込んだメニューで食卓を彩り、デザートにドッピオの好きなフルーツタルトを用意した。母親の愛情を知らずに育ったドッピオは、こいった手作りのお菓子が好きだった。

(ドッピオ、喜んでくれるかしら?)

 つや出しのゼラチンをたっぷりとぬり、テラテラと光るフルーツにシナモンをまぶす。タルトを頬張るドッピオの顔を想像すると、ユウリの口から、自然と笑みがこぼれた。ささやかなことのようだが、ユウリには、とても幸福に感じられた。

「ん」

 指についたシナモンを舐めとっていると、バタン、と、玄関の扉が開く音が聞こえた。ドッピオだ。きっと仕事で疲れているだろう。
 ユウリは、エプロンを外し、一括りに縛っていた髪をほどいた。

 好きな男の帰りを、料理を作って待っている、なんて、陳腐なシチュエーションだが、それでもよかった。ユウリはそんな普通さに飢えていた。

(…?)

 玄関の方で音がしたのに、ドッピオはなかなかやって来ない。
 不思議に思い、ダイニングキッチンから出ようと、足を一歩踏み出した。
 瞬間、背後から現れた大きな手に、口を塞がれる。

「!!」

 咄嗟のことに、腕を振り上げ、抵抗しようとするが、背後からのびたもう片方の手で、腕を押さえ付けられ、動けなくなる。それでもなお暴れようとするユウリに、背後の人影は、ふっ、と吐息のような笑みをこぼした。

「細い腕だな」
「ソリッド!」

 口元が解放され、ユウリは、背後の男の名を呼んだ。
 同時に、先ほどまで口元を覆っていた手が、スカートの中に侵入してくる。体温が高く、しっとりとしたドッピオの手とはまるで違う、かさついた大きな『男』の手だ。

 何の準備もできていない下半身を、下着の上から撫でつけられ、ユウリは不快感をあらわにする。

「やっ…!ソリッド、やめて!」

 彼から逃れようと身を捩るが、押さえられた手首がギチギチと痛むだけで、状況は何も変わらない。


―――ソリッドが、こうしてユウリの家を訪れ、セックスを強要することは、そう珍しいことではない。彼は性欲の捌け口として、ユウリを利用していた。

 性処理の道具として扱われていても、ユウリは決して、彼を拒みはしなかった。ユウリがドッピオを愛しているのは事実だが、ユウリにドッピオの世話を命じた張本人であり、ユウリどころかドッピオの命さえ握っているソリッドを、ユウリはどうしても拒めなかった。

 けれど、もうじき帰ってくるであろうドッピオのことを考えると、今回ばかりは、彼を受け入れるわけにはいかなかった。

「お願い…ソリッド、やめて…っ」

 一瞬、緩んだ隙を突いて、ユウリはソリッドの腕から逃れ、彼に向き合った。距離を置こうとしたが、腰を強く引かれて、逆に抱きしめられてしまう。

 強すぎるムスクの香りに、頭がクラクラする。こんなに甘く、くどい香りが似合う男は、ユウリの知る限りソリッド以外にいなかった。

 長いマゼンタの髪が鼻先をくすぐり、ユウリは一瞬身体の力を抜いたが、まだ濡れてもいない秘部に指を挿入され、その、あまりの痛みに腰を浮かせた。

「痛ッ!!ソリッド、やめてっ!」
「フフ。その顏、とても…」

 言葉の途中で、ソリッドは、ユウリを壁に押し付け、その唇を強引に奪った。壁に腕を縫い付けるようにして、自由を奪い、好きなように口内をもてあそぶ。

「ン…ッ、ふ…」

 舌の根の深いところまで絡め合い、時折歯を立ててやると、ユウリは苦しそうに息を吐いた。愛し合う恋人たちのような、疑似的、けれど濃厚な口づけに、ユウリの目はやがてとろんと焦点を失った。

 先ほどまで渇ききっていた花弁も、このキスですっかりほぐれ、しっとりとあふれた水分で、布地の上からでも割れ目の形がわかるほど、ぴったりとショーツを張り付かせている。

 ソリッドは唇を離すと、太ももまでぐっしょりと濡れた彼女の下半身を目にし、満足げに微笑んだ。

「お前は本当に可愛いな」

 膝のあたりまで下着を下ろし、誘うように花開いたそこに再度、指先をすべり込ませる。

「イヤッ!いやぁ…ッ」

 下方から、ぐちぐちと湿っぽい音が聞こえてきて、ユウリは耳を塞ぎたくなる。秘部をほじくり返す指は増えていき、だんだんと頭の中が真っ白になっていく。

「お願い、ソリッド…あんッ…、だ、ダメなの、もうすぐドッピオが…あッ、帰って…」

―――ドッピオにこんなところ、見られたくない。
 ガクガクと震えだす、白い太ももに、ソリッドは静かに笑って、

「今さら、良い保護者ぶるつもりか?それとも単なる恋人ゴッコか?どちらにせよ―――」

 馬鹿な女だ。
 耳元で囁かれ、ユウリは、下腹が疼くのを感じた。この声で囁かれると弱いのだ。秘所から、とろ、と蜜があふれ、それに気づいたソリッドが、む、とそちらに視線を送る。それから呆れたような笑みをこぼし、

「感じたのか?」
「ち…ッ、ちが…、私…アッ」

 熱くなった男根を、ボトム越しにこすり付けられ、ユウリはびくんと腰を引いた。そのまま逃げようとする腰をがっちりと掴んで、ソリッドは、ユウリの鎖骨あたりに歯を立てた。

「やぁ!っソリッド、もうやめて!」

 ユウリの目から、ぽろ、と涙がこぼれる。ユウリが痛みに喘ぐのも構わず、ソリッドは鋭歯でギリギリと彼女の表皮を痛めつけていく。ユウリの泣き顔と、赤く色づいた美しい肌に、ソリッドはいたく興奮を覚え、荒々しい手つきで自身のボトムをずり下ろした。

 先走りの汁の滲む雁首で、割れ目をなぞると、ユウリは内ももをふるわせ、静かに首をふった。

「いや…ソリッド、…やめて…」

 ここまで来て、止められるわけがない。それはユウリ自身、よくわかっていたが、いつ帰って来るかもわからないドッピオのことが、頭から切り離せず、彼女はソリッドを拒み続けた。

「ン…ッ」

 ソリッドはやがて挿入を開始する。あれだけ弄ったにも関わらず、ぴったりと閉じた狭い膣内に、ソリッドは満足感を覚えた。「イヤ」と泣き叫んでいるわりに、ゆっくりとソリッド自身を受け入れようとする濡れた膣内。日本人の女はこれだからたまらない。アンアンと子猫のように啼く、弱々しい声も好きだった。

「あ…ッ、はぁ…」

 ソリッド自身を根元まで飲み込むと、ユウリは苦しそうに息を吐いた。が、休む暇も与えず、ソリッドは徐々に腰を動かしはじめる。ユウリはソリッドの背にしがみつき、がくがくとゆれる膝を支えた。

「あッ、ん、いやぁ…ッ」

 早く終わらせなければ―――
 好き勝手に揺すぶられながらも、頭の中で感じる焦燥。甘くしびれはじめる腰を、ソリッドが掴んで、向きを逆にする。

「ん…っ」

 壁に手をつき、尻を突きだすような形になる。その体勢の恥ずかしさよりも、早く終わらせなければ、という強迫観念の方が強く、ユウリはただただ、快感に身を任せた。

 ガツガツと奥を突き、互いに限界を感じ始めたころ、ソリッドは律動をより激しくしながら、ユウリの細い首筋に手をやった。

「ユウリ…」

 そのまま、思い切り締め上げる。「ソリ…ッ」声すら出ないようだった。

「ぁ…ッ、あ、かは…っ」

 目を剥き、苦しそうに喘ぐユウリ。比例して、より強く締まる膣に、ソリッドは寒気がするほどの快感を覚えた。いつもよりさらに低く、余裕のない声で、ソリッドは言った。

「…ディアボロ、と…。そう呼べ…」
「ふ、…ッ、…ぁ…?」

 普段の彼からしたら、絶対に考えられない発言だった。恍惚に身も心も蕩かされた夢うつつ、その最中での、本能的な囁き。ユウリは今まで、決して短くない時間を彼とともに過ごしてきたが、はじめて聴く声だった。
 ユウリは、涙を滲ませながら、そのひとつひとつの言葉を確かめるように、掠れた声で言う。「…ディアボロ…」


 ソリッド――否、ディアボロは、全身に鳥肌を奔らせながら、急速に、絶頂に登りつめていく。そして、

「く…ッ」

 ユウリの最奥を突きながら、射精した。小さな壺はすぐに満たされ、僅かなすき間から白濁がぽたりとこぼれる。
 射精の余韻に浸っていたディアボロだが、ユウリの首を絞めていたことを思い出し、噛み殺すような笑みを浮かべ、手を離した。

「良かったぞ」
「はァッ、…ふ、あ…」

 べしゃ、と床に崩れ落ち、泣きながら息を整えるユウリ。そんな彼女の前髪を引っ掴み、無理やり自分の方を向かせると、ディアボロは、唾液で濡れそぼった赤い唇に噛みついた。

「痛…ッ…」

 鉄の味のする口内。ユウリは顔を歪めるが、ディアボロはさも愉快そうに、ふ、と笑った。それから、少しだけ目を細めて、

「どんな女よりも、お前の泣き顔が一番そそる」

 と、強く絞められすぎて、すっかり人外の色になったユウリの首筋に、爪を立てた。




2012.06.02
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