08
 目が覚めたとき―――ユウリの隣には、すでに、ブチャラティの姿はなかった。彼の身体をしっかりと抱きしめていたつもりだったのに、腕の中に在ったのは、すっかり人肌で温まった掛布団だった。

(なによ…)

「…今、何時…」

 起き上がったとき、頭にズキ、と鈍痛が奔る。寝過ぎたときに起こる症状だった。
 布団を抱きしめながら、顔をうずめる。部屋に焚いた香にまじって、ブチャラティの匂いがした。

「…ブチャラティ?」

(…どこ?)

 彼と隣り合って眠ったことを思い出し、急激に彼が恋しくなる。
 何やら物音のするキッチンへ向かうと、そこには、エプロン姿のブチャラティが立っていた。

「ボンジョルノ、ユウリ。良く寝てたな」

 呑気に笑いながら、彼はトーストにバターをぬっている。

「ブチャラティ。具合はもう良くなったの?」
「ああ、お蔭様でな。…腹、空いてるだろう?一緒に食べよう」

 手招きするブチャラティの顔色は、確かに、昨日より格段に良くなっており、ユウリはほっと肩をなで下ろした。

「さすがにタフね。あれだけ具合悪そうにしてたのに、大した回復力だわ」

 テーブルに着き、丁寧にバターのぬられたトーストを齧る。
 ブチャラティは冷蔵庫からミルクを取り出していた。

「お前が看病してくれたお蔭だ。それに」

「誰かと一緒に寝るなんてのは、久しぶりだった。目が覚めたとき、隣に誰かが居るっていうのも良いモンだな」言い終えてから、ミルクの入ったマグに口を付ける。ユウリの座るテーブルにも、揃いのマグをそっと置く。新婚、もしくは同棲している恋人同士のような雰囲気に、ユウリはかぁっと顔を赤らめた。

 その赤くなった顔を隠すように、ユウリは両手でマグを包んで、中身を飲み下す。「ん?」彼女のそばに立ちながら、ブチャラティは、

「お前、顏が赤いぞ。風邪がうつったか」
「!」

 そっと、手のひらをユウリの額にすべらせた。
 昨日まで発熱していた人間とは思えない、ひやりとした心地よさ。けれどそれ以上の気恥ずかしさに、ユウリは、はなして、と小さく言うので精一杯だった。

(ああもう、私ってどうしてこうなのよ…)

 我ながら、性的な衝動に駆られているときと、そうでないときの差が激しすぎる。
 ふとしたときの、彼のこういった言動に弱いのだ。

 押し当てられる手のひらを、弱々しく両手で制するが、ほとんど無意味に近かった。けれど熱がないことを確かめると、満足したのか、ブチャラティは手を離して、ほっと息を吐いた。

「お前にうつしたら、どうしようかと思った」
「…それって…」

 組織の大事な人質だから?それとも…

「お前の好きなように解釈してくれて構わない」

 今度は手の甲で、柔らかなユウリの頬をなぞる。その手つきがあまりにも甘ったるくて、優しくて、ユウリは、泣きそうになる。

「そんなこと言われたら、勝手に、良い方に解釈するわよ」
「ああ。構わない」
「…ずるい人」

 頬を上下する手を掴み、そっと唇に持っていく。すると手が振り払われて、代わりに、かさついた、厚い唇が合わさってくる。

 舌は絡めず、ちゅ、と音を立てて、ブチャラティは唇を離した。

「お前が好きだ」

 たとえ、お前がどう思っていようがな。
 静かに囁く声は、朝だというのに、腰にクる。

「…そういうこと言うのって、本当、ずるいと思うわ」
「嫌か?」
「………」

 ぷい、と顔を背けるのは、肯定の合図。ブチャラティは、再度、嬉しそうにキスをした。




2012.4.18
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