07
 うっすらと紅色に染まった頬を、痛くしない程度につまんでみる。筋肉質な肉体とは違って、むにむにしていて、まるで赤子のように柔らかい。
 ブチャラティが何の反応も見せないので、さらに鼻もつまんでみる。「ンッ…」クッと眉がひそめられる。熱い吐息が口から洩れる。
 利き手にその吐息を感じ、ユウリは咄嗟に手を離す。骨の髄まで、彼の熱に侵されているような錯覚に陥ってしまうのだ。

「………」

 解放されても、微動だにせず眠りつづけるブチャラティを見下ろし、ハァ、と溜め息。
 結局、あれから、ブチャラティはずっと眠りつづけていた。スーツのままでは寝苦しいだろうと、ガウンに着替えさせるため一度叩き起こしたのだが、着替えている最中に、彼はまた眠りに落ちた。

 普段の疲れが溜まりに溜まって爆発したのだろうか。そんなことを思わせる爆睡ぶりだった。

「…寝顔は結構、子どもっぽいのね」

 自分の知らない彼の顏。安らかな寝顔が愛おしい。仲間たちには、いつもこんな表情を見せているのだろうか。そう思うと切なくなる。
 そっと額を撫でてみる。さらっとした前髪が、手のひらの下で乱れていく。まるで素肌を合わせているようで、心地いい。

 毛布を捲り、ブチャラティを起こさないように、ゆっくりとその隣に忍び込む。組織が用意したクイーンサイズのベッドは、大人が二人寝ころんでも充分なスペースがあり、不快に軋むこともない。
 広いベッドの上で、わざわざブチャラティの身体にぴっとりと身を寄せ、目を瞑る。

(ブチャラティ、あったかい)

 伸ばされた彼の腕を枕にして、胸に耳をくっつける。ドクドクと一定のリズムを刻むそれは彼を形成する一部であり、また、すべてでもある。今までになく、彼の存在を近くに感じた。
 兄の遺した絵画を奪い、挙句自分を軟禁しているこの組織は憎い。けれどそれに嘱するブチャラティは愛おしい。彼を憎む気にはなれなかった。
 本能が告げている。彼は悪人ではない。そうでなければ、隣に居るだけで、こんなに安らかな気持ちになれるわけがない。三日ともたずに自分を犯そうとした、今までの世話係の男たちとは確実に違う。

(むしろ、私の方が我慢できなかったりして…)

 嫌になっちゃう、と、ブチャラティの腕に頬を摺り寄せる。
 思えば、独りでない夜は久しぶりだ。他人の体温が、ここまで温かいとは思ってもみなかった。それは自分が、知らず知らずのうちに、他人を求めていたからだろうか。それとも、そう思えるのはブチャラティだから、なのだろうか。

(こんなことで悩むなんて、馬鹿みたい。子どもじゃぁあるまいし)

 答えが出せないまま、ユウリもまた、蕩けるような微睡みに誘われていった。




2012.4.4
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