09
 小ざっぱりとした玄関先。まめに水やりのされているミニバラの鉢植え。ヒールの高い派手なパンプス。ユウリの部屋を出るときに、いつも目にするのと、何も変わらない風景。
 ひとつ違うのは、見送りなんて一度もしたことのないユウリが、今日は玄関先まで付いてきているということだ。

「ブチャラティ」

 くい、と袖をひかれ、ふり返ると、下方から柔らかい唇が押し当てられる。
 離れることを惜しんでか、ユウリは、ブチャラティの首に腕を巻きつけて、解こうとしない。それに別段困ったふうもなく、ブチャラティは、ついばむような軽いキスを繰りかえす。

「…もう行っちゃうの?」
「ああ。丸一日ダウンしてたからな。仕事が溜まってる」
「そう…」

 ブチャラティの唇が、首筋に移動する。どくどくと脈打つ場所を舐め上げられ、ユウリは体をふるわせた。

「意外と、甘えんぼなのね」
「それはお互い様だ」

 と、甘ったるい雰囲気を打ち壊すように、くしゃくしゃと頭をなでられ、ユウリは「もう!」とその手を振り払った。

 ブチャラティは、クス、と口元を綻ばせる。

「素直なんだか、照れ屋なんだか…」
「うるさいわね。年下は年下らしくしなさい」

 そんなこと、顔を赤くして言われても、説得力の欠片もない。強がっている唇をふさいでやれば、ユウリはたちまち静かになった。


「…じゃ、行くよ」

 何かあったら、すぐに呼んでくれ。ふり向きざまにそう言い、ブチャラティはユウリの部屋をあとにした。
 ユウリは眉を下げ、寂しそうに、彼の後姿を見送っていた。







(…やばいな)

 ユウリの部屋を出てすぐ。ブチャラティは、壁にもたれ掛かり、大きく息を吐いた。

―――ダメだ―――

 欲望が加速していくのを止められない。あの場で、何度、ユウリを抱いてしまいたいと思っただろう。
 不安そうにゆらぐ瞳も熟れた唇も、彼女のすべてが愛おしい。彼女のすべてを、自分のものにしたい――などと、そんなことを望むのは、傲慢だろうか?

―――このままさらって行けたら、どんなに良いだろう。しかし、許されるのだろうか?

 彼女を拘束し、人としての自由を奪っている、この組織―――パッショーネの一員である自分が、彼女を愛し、また愛されることを望んでいるなどと、あまりに傲慢ではないだろうか?

 何だか、妙な胸騒ぎがした。嫌な予感、と言い換えてもいい。

 想定されるいくつかの『最悪のパターン』を頭に思い浮かべてみる。
 それは、彼女が最後まで遺作の在り処を吐かなかったとき。彼女が逃亡を図り、そして捕まったとき。彼女が、自分を謀っていたとき。何でもいい。とにかくそれらの場面に直面したとき、自分は、彼女を守れるのだろうか?

 ブチャラティは、改めて、自分の行動の軽率さを後悔した。
 彼女を愛している。彼女を守りたい。それは確かだ。けれど、その思いを彼女に打ち明け、そして、抱きしめ、口づけるべきではなかった。きっと。彼女を自分の情に巻き込んでしまったら、いつか、取り返しのつかないことになってしまう。自分たちの置かれている状況は、ただホレたハレたと、それだけでうまくいくようなものではないのだ。

(俺は、どうしたらいい?)

 胸をおさえ、ブチャラティは、歩き出す。

 ユウリを愛している。彼女を守りたい。愛している、だけでは、誰も救えやしないと、頭では十分にわかっているのに。




2012.05.08
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