余裕のないリゾット
 恋人はいつだって身勝手だ。
 好きだとか愛しているだとか、そんなことはちっとも言ってくれないくせに、束縛だけはやたらとしたがる。無口で無表情で、会うのだっていつも彼の都合のいいときだけだ。
 彼氏と旅行に行っただの、プロポーズされただのという友人たちの話を聞くたびに、うらやましくて泣きたくなった。

 それでも彼と別れないのは、私がどうしようもなく彼を愛しているからだ。




 私の恋人、リゾットは服装にうるさい。
 といってもそれは自分の好みを無理やり押し付けてくるわけではなく、短いスカートで外に出るなとか胸元を露出するなとかそういうやつだ。彼は下品なファッションが嫌いなようだった。

 だから、私は今日の服装にとても悩んだ。
 今日は知り合いの会社のパーティに招待されたのだ。ドレスコードの敷かれたパーティで、華やかに着飾らなくてはいけなかったが、ミニドレスも胸を強調するドレスもダメとなると、服を選ぶのは少し難しかった。
 パートナーの同伴も可能なパーティだったが、リゾットは誘いを断った。彼は賑やかな場所をあまり好まない。会うのはほとんど私のマンションやホテルばかりで、デートや旅行に出かけたことなんて一度もなかった。

 話を戻そう。最終的に私が選んだドレスは、ホルターネックの黒いロングドレス。これなら胸元はそこまで露出しないし、ドレスの丈も足首まである。色は恋人をイメージして選んだ。

 パーティは楽しかった。男たちがチヤホヤとドレスを褒めてくれたし、綺麗だとかセクシーだとか、そういった素直な口説き文句は、今の恋人にはないもので新鮮だった。

 パーティを終えて会場を出る。タクシーを拾うため大通りへ出ようとしたが、ふと対向車線に見覚えのある黒いマスタングを見つけ、目を疑った。背筋が疼いて、胸が高鳴る。あれは恋人の車だ。

 夜の街に溶けるみたいに、私は小走りで車に駆け寄った。暗い色をしたリゾットの瞳が、マスタングの前衛的なボディの中から私を射る。

「リゾット。迎えにきてくれたの」
「ああ」

 主人を迎える犬みたいに、嬉しそうな声を出してしまった。彼との温度差がいつも苦しい。
 この人の低い声が好きだ。声を聞いただけで、おへその下がキュンと疼いて、鼓動が速くなる。

「迎えにきてくれるなら、言ってくれたらよかったのに。タクシー拾うとこだったわ」

 助手席に乗り込み、シートベルトをしめると、車は走り出した。
 けれど、てっきり私の家に向かうと思っていたのに、そちらとは逆方向に車が走るので、あれ、と声を上げた。

「どこ行くの? こっちだと遠回りになるわよ」
「…………」

 リゾットは無言でアクセルを踏み続ける。彼の無言にも仏頂面にも慣れてしまった。
 街中だというのに、車は猛スピードで駆け抜けてゆき、やがて一軒のホテルに辿り着く。前にも一度、リゾットと泊まったことがある高層ホテルだ。

 車を停め、足早に歩いて行くリゾットを追いかける。

「ねえ、リゾット、待ってよ。待ってったら…」

 私ひとりで喋っているみたいで、悲しい。ロング丈のドレスに合わせて履いたハイヒールは歩きづらくて、リゾットに追いつけない。

「遅い」

 手首を掴まれ、強い力で引っ張られる。
 あらかじめ部屋を取っていたのだろうか、リゾットはフロントでスムーズに鍵を受け取ると、また私の手首を引いた。そういえば、まともに手を繋いだこともない気がする。たまには普通の恋人みたいに、指を絡めて彼と歩いてみたかった。

 エレベーターに乗り込むと、リゾットは20階のボタンを押した。
 そしてドアが閉まった瞬間、エレベーターの壁に縫い付けられ、呼吸ができないほど激しくキスをされる。

「んッ! まって、リゾッ、…こんな、ところでっ…」

 寡黙な彼からは想像もできないくらい激しく、舌を絡め、唇を吸われる。壁に押さえつけられた手首が痛い。けれどそれ以上に、こんなにも私を求めてくる彼への胸の高鳴りが鎮まらない。

 エレベーターが目的の階へ辿り着いたとき、私の腰はすでにガクガクと震えていた。リゾットはまた、そんな私の手を強く引いて、これからセックスする部屋へと向かった。

 リゾットはいつもいいホテルを取ってくれていたけれど、どうせセックスするだけなのだから、どんな安ホテルでも私はよかった。

 部屋に入ってすぐ、リゾットは私を壁に押しつけた。ベッドにも行かせてくれない。今日のリゾットは一体どうしてしまったんだろう。なにかむしゃくしゃすることがあって、その腹いせに私をこんなふうに抱くつもりなのだろうか。

 顎をつまんで、呼吸を奪うみたいなキスをされる。乱暴なキスだけれど、感じてしまう。

「ん、…ッふ、リゾット…」

 怒ってるの、と絞り出すように言うと、リゾットの動きが止まった。

「なんで、こんなこと…」
「…わからないのか?」
「…私のせいね。私が怒らせたんだわ…」
「それがわかっているなら、このドレスはなんだ?」
「えっ」

 このドレス、ダメだったのか。腕は露出しているけれど、丈だって長いし、胸元もたっぷりの生地でちゃんと隠れている。

「ロングドレスよ、いけなかった?」
「お前…」

 リゾットは苛ついたように低い声で、脚が丸見えだろうが、と言った。

「えっ…」

 そういえばこのドレスは、ロング丈だが深くスリットが入っており、歩くと太ももから足首まで露出する。だがまさか、それすらもダメだったなんて。

「俺を見ろ」
「んッ」

 無理やり上を向かされ、唇を塞がれる。まるで躾けるようなキスだ。

「ん…んぅ…」
「お前、本気でコレなら良いと思ったのか? 隙だらけじゃあねーか」

 そう言って、リゾットはスリットに手を差し込み、ショーツの上から陰部を揉んだ。「あっ!」恥ずかしいのと気持ちいいのとで、思わず声がもれた。
 リゾットはショーツに手を入れて、直にそこを刺激した。

「あっ、だめ、いきなり、指ぃっ」

 陰毛をかきわけて、リゾットの男らしい指が入ってくる。2本の指で中を探り、親指でクリトリスを押しつぶす。頭の奥に鋭い快感が突き抜けた。

「あっぁあん! あぁ〜ん、良い、リゾットぉ」
「腰が揺れてるぞ」
「言わないでぇ…。あぁん、いいのぉっ」

 リゾットの言うとおり、自分で良いところを当てるように、自然と腰が動いていた。いやらしい女だと思われてもかまわなかった。
 もうイキそうなのがバレているのだろうか、リゾットが指を激しく抜き差しする。くちゃくちゃと私のあそこが水っぽい音を立てて、リゾットはわざとその音を聞かせるように指を動かした。

「あぁぁん! だめぇ、いっちゃう、もぉイッちゃうっ!」
「いいぞ。見ていてやる」
「だめっ、だめぇ! あぅぅん、イクぅ!」

 リゾットに至近距離で見つめられながら、思いきり背中を仰け反らせ、達した。
 力が入らなくて、リゾットの胸にもたれかかる。露出したリゾットの厚い胸元は意外なほど熱くて、どくんどくんと大きく鼓動していた。
 リゾットの鼓動が愛おしい。今すぐに跪いて、ペニスを舐めたい。彼を気持ちよくしてあげたい。はしたない女だ。自分でもわかるくらい、あそこも太腿も濡れている。
 彼の中心に手をのばすと、そこはもう硬くなっていて、ボトムの布地が限界まで張りつめていた。 

「リゾット、舐めていい?」
「ダメだ。直接、躾けてやる」
「…べ、ベッドに行かせて」
「ダメだ」

 脱げ、と言われて、震える指でショーツを下げた。力が入らなくて、動きがゆっくりになってしまう。
 濡れたショーツをモタモタと脱ぎ捨てると、乱暴に左脚を掴まれ、そのまま高く持ち上げられる。リゾットはいつの間にかペニスを取り出していて、私の右太ももにこすりつけていた。
 ああ、このまま立ってするんだ。いつになく性急に求められてゾクゾクする。

「あっ…」

 卵みたいな先端がぷちゅ、と埋まって、圧迫感で胸がいっぱいになった。その体躯に見合った大きなペニスは、桁外れの熱と重量感で私を貫く。

「あぁ…あ…、入ってくるぅ…」
「…力を抜け…」

 そうは言われても、立ったままでは彼を迎えづらい。リゾットの首のうしろに腕を絡めて、必死で腰を押し付け合う。
 長くて太いペニスが奥までたどり着くと、苦しいのと気持ちいいのとで涙がこぼれた。もう腰が甘くしびれて、突き刺さったペニスで支えられているみたいだ。
 リゾットは結合の余韻に浸らせてくれず、間髪入れずに律動を始めた。

「あぁ! だめ、いきなり、激しぃっ、あぁん! だめ、あぁぁん」
「しっかり立て」
「無理、あん、無理ぃぃ、いじわる、いわないでぇぇ」

 立ったまま奥を突かれるなんて、妙な感覚だ。重心が落ち着かなくて、いつもよりがむしゃらだ。心も体も彼を求めている。
 それはリゾットも同じようで、激しく腰を振る彼からはいつもの余裕が感じられない。本能のままの彼が見えたようで嬉しかった。

「あッ、あぁん、すごいぃ」
「ユウリ、掴まれ」
「えっ? あっ、あぁぁっ!」

 リゾットは私の尻を掴むと、なんとそのまま私を抱き上げた。

「いやぁぁ! 待って、あぁっ!」

 落ちないよう、必死に彼の体にしがみつく。
 なのにリゾットはピストンの動きをやめず、私は声を抑えられない。今日のリゾットはやっぱりおかしい。

「力、入んないいぃ、リゾット、あぁん、落ちちゃうよぉ」
「…はァ…、ッ落とすと、思うか?」

 不安定な櫓立ちの体位だが、リゾットの筋肉質な身体は私を捕らえて離さない。
 揺さぶられるたびに、私自身の体重がペニスを奥まで突き入れて、もうなにも考えられなくなる。
 リゾットの腰を脚でホールドして、より深く繋がる。気持ちよすぎて、涙がぽろぽろ溢れた。

「あぁん、あんッ、あんッ、激しぃ、もぉ、あぁんッ」
「ふッ、…ッ、ん…」

 腰の動きが速くなる。ドレスはもうスリットがめくれてクシャクシャだ。
 リゾットの吐き出す声も息もセクシーで、彼が感じているのがわかってとても嬉しい。きっともうイキそうなのだろう。
 愛しくて、その厚ぼったい唇にちゅっとキスをした。
 リゾットは一瞬動きを止めて、けれどその次の瞬間、スイッチが入ったみたいに激しく腰を振った。

「あぁぁっ! イクっ! だめぇ、そんなにされたら、またイク、イッちゃうからぁ!」

 またイキそうで、神経がさらに鋭くなる。気持ちよくて、もう喘ぐことしかできない。

「はぁ、ッ、出すぞ…」
「あぁぁん、きて、全部出してぇ! イクッ、イクぅぅっ!」
「くッ…!」

 リゾットは私を壁に押し付け、ペニスを打ち付けるように射精した。ビュービューと奥に注がれている。彼の精子を感じながら、私も達した。
 変わった体勢でセックスをしたから、体じゅうが気だるい。繋がったまま、ぐったりした私を抱えて、リゾットはベッドへ歩いていく。

「あっ」

 ベッドに辿り着いたとき、つるんとペニスが抜けて、中に出された精液がすこしこぼれた。
 リゾットは私をベッドに放ると、のしかかるみたいにぐっと抱きしめてきた。汗ばんだ胸板は深みのある香水の匂いがした。
 リゾットは私の涙を拭う。少し見つめ合って、キスをした。

「…このドレス、せっかく新しく買ったのに。もう着られそうもないわ」
「いいだろうが、別に」

 素っ気なく言われて、悲しくなった。どうでもいいみたいな言い方。この人にとって私は一体なんなのだろう。
 しかし次の瞬間、彼からの予想外の言葉に、私はしばし固まった。

「俺以外の男に、お前の肌を見せる必要があるか?」
「えっ」

 今なんて!?

「リゾット、あなたそんなこと考えてたの? もしかして最初、ちょっとイライラしてたのって…」

 私がこのドレスで会場にいたせい? 私のことが心配だったの?
 思わず前のめりになり、まくし立てると、リゾットは「今さらなにを言ってるんだ」と言った。
 胸の奥が熱くなる。ねえリゾット、それって。それって…、

「…なにを笑ってる」
「ごめんなさい、なんだか愛されてるみたいで、嬉しくて」
「‘みたい’とはどういうことだ」
「…え」

 ぽかんとしていると、リゾットはなにやら考え込んで、
「そういえば、ちゃんと口にしたことはなかったか」
 と、私の顎をつまんだ。そのまま深く口付けをする。

 体じゅうが甘く満たされる。けれど、リゾットはそのまま口を噤み、うやむやにしようとする。

「ダメ。ちゃんと言って。私ずっと悩んでいたの。不安だったの。答えをちょうだい、ねえリゾット」

 愛した男をまっすぐ見据える。不器用で、かわいいひと。私を抱くことで、そして束縛することで、愛を伝えた気になっていたなんて。
 リゾットはあまり表情を変えないまま、観念したように言った。

「ユウリ。好きだ。どうしようもなくお前に惚れてる」

 涙がこぼれた。心臓がきゅうっと締めつけられるような、甘い痛み。

「…ずっとそれが聞きたかったの。愛してる」

 リゾットの腰に抱きついて、キスをした。唇が離れると、彼はまた、親指の腹で涙をぬぐってくれた。

 結局それから私たちは、ベッドで二度、セックスをした。幸福だった。その日は手を繋いで、眠った。




2019.04.13
お題「夢主が好きすぎて余裕のないリゾットと性急なセックス」
[ top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -