ジョルノを甘やかして膝枕
 若くして巨大なギャング組織の頂点に登りつめた少年、ジョルノ・ジョバァーナ。

 常々ワーカーホリック気味の彼だが、ボールペンを握りしめて窓の外をぼんやり眺めたまま動かない。執務机には、大量の書類と、エナジードリンクの空き缶で作ったタワーがそびえ立つ。
 体を蝕む疲労。もう久しく家のベッドで眠っていない。家の、といってもそれは半ば強引に転がり込んだユウリの家のことだが。

「おいおい、ジョルノよォ、いい加減休めって」

 執務室のソファから、組織のNo.3、グイード・ミスタが声を投げ掛けた。黒い革張りのソファにどっかりと座り込んで、愛用のリボルバー拳銃の手入れをしている。

「…いえ、平気です。代替わりしてまだ間もないですし、今のうちからしっかりしておかないと」
「ンな青ちょびたツラで言われてもよォ〜〜〜、目の下のクマだってスゲーぜェ〜?」

 実用性よりも外見を重視した大理石のテーブルで、豪快にチョコレートを貪っていたセックス・ピストルズが、ソウダソウダとミスタに同調する。

「ジョルノォ〜、アンマリ無理スンナヨォ」
「こんなの続けたら、いつか倒れちまうぜェ。お前のスタンドじゃあ、怪我は治せても病気でブッ倒れたのは治せねェだろ」
「それは、そうですが…」

 しかしジョルノ自身、休めと言われても、もともと眠りは浅い方だ。精神がヒリついているこの状況では、ソファに横になってもたいして眠れないのであった。

(…ユウリに会いたいな)

 会って、抱きしめて、キスをして、彼女を腕の中に閉じ込めて、そのまま朝まで眠りたい。…いや、もしくは、彼女の胸で。聖母のようにやさしいユウリの腕の中は、世界で唯一の、ジョルノだけのゆりかごだった。

 はあ、とジョルノは溜め息を吐いた。
 ユウリには、しばらく会っていない。会ったらきっとすごく甘えてしまうから。仕事がひと山片付くまで、会わない覚悟でいた。

 ジョルノは作成した書類をトントンと揃え、いくつかのA4サイズの茶封筒に入れると、ミスタを呼んだ。
 ミスタは差し出された複数の封筒を受け取ると、送り先を確認した。
 彼らの組織は、この国の裏の顔であるギャング組織だ。正しいことも悪いことも、黒とも白ともつかないこともする。郵便で送ることのできない書類は、ミスタたち幹部が直々に送り届けているのだ。

「これは急ぎで。こちらは明日の夕方までで構いません。宜しくお願いします」
「ヴァ・ベーネ! 任せとけ。明日の昼までには戻るからよォ、お前も少しは休んでおけよォ〜」
「…わかりました」

 ミスタは困ったように笑う年下のギャングスターを一瞥すると、テーブルに散らかったチョコレートのゴミを始末して、執務室を後にした。
 ったく世話が焼けるぜェ、という独り言に、リボルバー拳銃のシリンダーに戻りそこねたNo.5が不思議そうに首を傾げた。











 ミスタが出ていってしばらく経つ。日も傾きかけ、帰宅する子供たちで大通りが賑やかだ。

 執務室には、下っ端の若い――といってもジョルノよりは年上の男が訪れていた。彼らに任せている縄張りの収支の報告だ。
 ジョルノはデスクワークをこなしながら、時折掛かってくる電話や、執務室を訪れる部下の報告などにも対応していた。

「…ウチのチームからは、以上です」
「ご苦労。また何か変わったことがあれば報告しろ」
「はい、ボス」

 男は終始緊張していた。では失礼します、と彼がドアから出ていくと、ジョルノは清涼感の強いブラックミントガムを口へ放り込んだ。
 もはやなんの気分転換にもならないガムを乱暴に噛みながら、うつむいて眉間を揉む。
 ややあって、ドアがふたたび開かれた。先ほどの男がなにか忘れたのだろうかと、ジョルノは顔を上げた。

 柔らかな風が吹き抜ける。

「ジョルノ」
「…あ…」

 …ユウリ。ジョルノは、ミントの香りでいっぱいになった口で呆然とその名を呟いた。
 会いたかったそのひとは、ひどい顔ね、と微笑みながら、執務机に近づいてくる。この部屋を訪れる誰もが机を隔ててジョルノと接していたが、彼女だけはあっさりと机を通り過ぎ、ジョルノとの距離をゼロにした。

「無理をしないでって言ったのに」
「…すみません」

 座ったままのジョルノをぎゅっと抱きしめ、子どもをあやすように額に口付ける。誰よりも優しい、ジョルノだけの至上のゆりかご。ゆるゆると少年の身体から力が抜けていく。

「ミスタが心配していたわ」
「……申し訳ないことをしました。誰にも迷惑を掛けたくなかったのに、結局ミスタにもあなたにも面倒を掛けてしまった」

 聞かなくてもわかる。ユウリをここに呼んだのはミスタだ。
 ジョルノはユウリの胸に頬を寄せる。こんなに弱った姿をさらけ出せるのも、ユウリの前だけだった。

「迷惑とも、面倒とも思ってないわ。ただもう少し、あなたに自分を大切にして欲しいだけ」
「………すみません」
「謝らないで、私のかわいいジョルノ」

 ユウリは両手でジョルノの顔を持ち、上を向かせると、ちゅっと啄むようなキスをした。水分の失われた、渇いた唇。濃い色のルージュを分けるように、もう一度ゆっくりと口付ける。
 舌を入れようとして、ふとガムに気づく。ユウリの唇が離れていったので、ジョルノはあわてて、もう味のしなくなったそのガムをティッシュに出した。
 ユウリはジョルノの目の下をそっとなぞった。

「クマができてる。眠れないのね」
「ひとりじゃあ、眠れませんよ」

 そう言って、ユウリの腰にぎゅっと抱きつく。ユウリはそんな彼を優しく見つめて、その金髪を撫でた。縋るように見上げてくるジョルノに、言う。

「おいで」

 ユウリの言葉は魔法のようだ。ジョルノはゆっくりと立ち上がり、母親に手を引かれる子どものように、ユウリに導かれるままソファへ歩いた。
 先ほどミスタが座っていた場所に、ユウリは腰を下ろす。ジョルノはそんな彼女に馬乗りになると、夢中でキスをした。

「ちょっと、ジョルノ…」
「すみません。なんか、止まらなくて」

 ちゅ、ちゅ、とリップノイズを立てて、唇だけでなく首筋やデコルテまでキスを落とす。まるでしばらく会えなかったぶんを埋めるように、羽のようなキスを何度も繰り返した。
 ジョルノにとって、ユウリという存在は不思議だった。渇いていた何か、欠けていた何かが、音を立てて満たされていくのを感じる。生命力を分け合うようなキスだった。

 口づけが落ち着くと、ユウリはジョルノを抱きしめ、その頭に手のひらを這わせた。ジョルノの喉が震える。

「ここにいてください」
「うん」
「どこにも行かないで」
「うん」
「愛してる」
「私も」

 少年の瞳がユウリを射る。間を置いて、どちらともなくキスをした。今日初めての、舌の絡む深いキスだ。
 ジョルノの身体の芯が甘く痺れる。とろけた頭に、「ジョルノ、こっち」というユウリの声がしっとりと響いた。
 ユウリが示したのは、自身の太もも。膝枕ですか、と聞くまでもなく、ジョルノは嬉々として頭をそこに移動させた。

「…あったかい」

 すでに夢の中にいるような、曖昧な感覚だった。それほどにユウリの体温は心地よい。
 ユウリはもうなにも語らずに、穏やかに上下するジョルノの胸を、ぽんぽんと一定のリズムで叩く。少年の双眸は名残惜しそうにユウリを見つめていたが、やがてそのまぶたはゆっくりと閉じられた。
 ユウリはジョルノの額をそっと撫で、微笑む。ゆりかごの中、安心しきった子どものような寝顔。こんなにも安らかに表情は、他の誰でもなく、ユウリだけのものだった。




2019.04.10
お題「ジョルノを甘やかす」「ボスになったジョルノに膝枕」
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