ギアッチョが風邪をひく 最初にその連絡を受けたとき、私は信じなかった。冗談はやめてよと電話口で笑い飛ばした。 けれど、なんとなく心配になって、一応食料を買い込んで彼の元を訪れたとき、私はそれが冗談ではないことをようやく知る。 いや、だって、まさか。そんなまさか。 ―――ギアッチョが風邪をひいたなんて。 「…ホントだったんだ」 「ア゛ァァ!? ユウリテメッ疑ってッ、ゲホッ! ゴハッ!」 「あらあら」 威勢よくブチ切れながら激しく咳き込む彼の背をさする。言葉遣いは相変わらず乱暴だが、肌は熱で赤くなっており、ベッドに投げ出された四肢はぐったりしている。 「なにか食べた?」 「アァ!? ナメたこと言ってんじゃあねーぞコラ!! なんッにもできねェェからテメーを呼んだンだろーが!! 絶対うつしてやっからなァ!!」 「…元気そうね。帰ろうかな」 「待て待て待て待て」 焦ったように言いながら、また咳をする。はじめから素直になればいいのに。 …まあ、天邪鬼な彼が可愛くて一緒にいるのだから、私にも原因はある。こんなふうに彼をからかって遊ぶのがたまらなく楽しい。 「ヨーグルトとゼリーどっちがいい?」 「ヨ゛ーグル゛ト」 ひどい声。おまけに掠れて聞き取りづらい。 ベッドに腰掛けて、買ってきたヨーグルトの蓋をあける。猫がすり寄るみたいに、ギアッチョが顔を近づけてくる。食べさせろ、ということらしい。 「はい、口開けて」 ギアッチョは素直に「あ」の形に口をひらいた。ヨーグルトをスプーンですくって放り込んでやると、すぐに飲み込んでまた口を開ける。まるで赤ん坊に離乳食を与えているみたいだ。 ヨーグルトを食べ終わり、朱色に染まった額に手のひらをあてがうと、見た目のとおりの熱さだった。外気で冷えた私の手が心地よいのか、ギアッチョは大人しくしている。 額、頬、首筋。火照った部分を撫でていって、その熱を確かめる。 「薬は飲んだ?」一応尋ねてみるが、答えはもちろんノーだ。 「薬飲まないと。買ってきたから」 「クスリだとォ!? ンなモンこの俺が飲めっかァ!!」 「そう言うと思った」 予想通りの彼に思わず苦笑する。錠剤、粉末、カプセル。ワガママなギアッチョの為にあらゆる種類の風邪薬を買ってきたのに。 「ギアッチョ、これ以上私を心配させないで」 「テメ〜〜、疑ってたクセに何ほざいてやがる」 ギアッチョの風邪について半信半疑だったことは、確かに私に非がある。けれど一応心配して一応病人食や薬を買ってきた恋人にその態度はあんまりじゃあないか。 「…一応ここに薬とお水置いておくから。もう、あとはゆっくり寝て」 「は? ユウリお前、どこ行くんだよ」 「リビングで仕事する。ノートパソコン借りるわね」 ベッドから立ち上がると、くい、と袖を引かれる感覚。 ふと見れば、ギアッチョがベッドの中で私を見上げていた。眉間に皺を寄せて、睨むような上目遣いで。何も言わずにぎゅっと唇をむすんでいるのが可愛くて、胸の奥が熱くなる。発散する彼の熱が私にも伝染したみたいだ。 「ここにいて欲しいなら、そうしてあげる。して欲しいなら、ちゃんと言って」 私は優しいふりをしているけど、本当はギアッチョ以上に天邪鬼で意地が悪いのだ。必要なんてないのに、彼からの言葉を引き出したくてたまらない。 「お前なァ…」 「言って」 「…。此処にいろ」 咳交じりに聞こえたその言葉が愛しくて、ベッドの彼に覆いかぶさってキスをした。 「んう゛」 鼻が詰まっているのに、唇を塞がれて苦しいのだろう。うぐ、と色気のない声が聞こえてきて、私は唇を離した。なにすんだテメーとか言われるかと思ったが、意外にも彼は大人しかった。 ギアッチョの顔を両手で包むと、その手首を掴まれる。熱に浮かされた表情で、ギアッチョは言った。 「…うつるぞ」 「うつしてやるんじゃあなかったの?」 くすくす笑ってもう一度キスをすると、今度こそ「テメー」の声とともに、火がついたらしい彼に荒く組み敷かれた。 了 2019.03.22 お題「ギアッチョ」 |