02 ブチャラティ達が言うには、ナランチャの初体験の相手となる女は、一癖も二癖もある変わり者らしい。 「ユウリは、うちの組織と協定を結んでいる病院の院長でな。いわゆるヤミ医者だが、腕も実力も確かだ」 「な、なんでそんな奴が…」 「この組織では、ユウリの悪食ぶりは有名だからな。昔から、まァ男好きというか、節操なしというか…とにかく男関係が派手で…そのおかげで、政治界にも警察にも顔が利く」 気乗りしない会話に、ナランチャはテーブルに突っ伏して項垂れた。 男好きの女医、いわばギブアンドテイクの取引相手。治安が混沌としているとはいえ、このイタリアで、ギャング組織を相手に、まともに取り合ってくれる医者は決して多くはない。 組織にしてみれば、彼女はきわめてリターンの多い取引相手といえる。 「でッ、でもよォ、ブチャラティ…」 頭では理解できていても、そう簡単に頷くことはできない。 ―――今回のようなことは、決してそう多くはない。 どのような事情であれ、ギャングになろうなどと考える若者の大半は、早くに女遊びを経験しているからだ。 組織の方針とはいえ、半ば無理やりな初体験の強要と、そこに都合よくあてがわれた色狂いの女医者。 これだけ不自然な条件がそろえば、あまり頭の回転の速くないナランチャでも、「仕事」と銘打たれた今回の件が、ほとんど彼女の道楽によるものであるとさすがに気づく。 要は組織のための、都合の良い生贄というわけだ。 ミスタはチーム内でも、性の欲求に対して素直であり、ユウリからお呼びの掛かったナランチャをしきりに羨ましがっていたが、当のナランチャの心境は複雑だった。 「男好きと言っても、ユウリは好みもうるさいからな。新入りの筆下ろしで、アイツが相手になる事は滅多にない。俺が知ってる内だと、フーゴとお前の二人だけだ」 「ブチャラティ〜。それって素直に喜べねぇよォ」 「いいじゃあねえかよォ、タダでイイ女とヤレるなんて最高にラッキィだぜ?」 「…おいミスタ、そのへんにしとけ。そろそろフーゴがキレる」 見れば、ギリギリと歯を食いしばりながら、フーゴがアバッキオに羽交い絞めにされている。 衝動的な怒りと嫉妬に突き動かされた彼の気迫たるや、今にもパープル・ヘイズを発現させてしまいそうな勢いである。「ユウリ…」うわ言のように呟く姿が痛々しい。 予想外なフーゴの一面に、彼の前でこの話を持ち出したことを多少後悔しつつ、ブチャラティは、とにかく、とナランチャに向き合った。 「ナランチャ。お前に拒否権はない。ユウリは、変わり者だが、悪い奴じゃあない。そこそこ信頼はできる」 「でっ、でもよォ、ブチャラティ〜」 「何だァナランチャ、さっきから。童貞なんていつまでも取っておいたって仕方ねェだろ。さっさと捨てちまえって!」 それとも、初めては好きな女とがイイとか思ってたのかァ? 何気ないミスタの一言に、ナランチャは返す言葉に詰まる。 「…そ、そんなこと…」 そんなことは思っちゃいないが、だからといって、まさかこんな形で初体験を迎えるなどとも思っていなかった。それが素直な感想だった。 「ナランチャ…ッ」 「うっ、フーゴ、睨むなよォ」 鬼気迫るフーゴの視線に、ナランチャが頬をひくつかせてたじろぐ。 「全く…。ナランチャ、ユウリとの約束は明後日だ。詳しくはこのメモに書いてある」 そう言って、ブチャラティは一枚の紙切れをナランチャに手渡した。中を覗けば、ホテルの名前と部屋番号が記されている。 反射的に、ごくりと固唾を飲む。もう後には引けないのだと、ナランチャは、改めて思った。 「…それにしても、フーゴがこんなに嫉妬深いなんて、意外だぜ」 呆れたようなミスタの声が、やけに遠く聞こえた。 (2/4) |