02
 雨の日はロクなことがない。
「今日はここまでにしよう」と仕事を切り上げ、ブチャラティたちと別れてからも、雨脚が弱まることはなかった。

 …頭が痛い。
 普段、底抜けに元気なナランチャだったが、一歩一歩、歩くたび、ズキズキと頭の奥が痛んだ。まるで雨の音に呼応するように。自分でもよくわからないうちに、ナランチャは、気づけばユウリの診療所へと歩を進めていた。

 角を曲がると、すぐユウリの診療所が見える。そうだ、くすりをもらおう。
 ―――ユウリに治してもらえ―――
 頭の中で、楽しそうなアバッキオの声がする。そんな記憶の声にすら、頭痛は音を立ててナランチャを苦しめた。あたまが、痛い。かつて病んだ左目にも、同じ痛みが宿っていた。

 診療所の前に、黒塗りのセダンが横付けに停車していた。助手席から長い脚をにゅっとのばし、ユウリが降りてくる。白地にオレンジの花柄の傘がひらかれた。

「ユウリ」

 声は届かなかった。雨がナランチャの声を遮った。
 ユウリは笑っていた。車の中の誰かに向かって。

「またね」…声は聞こえなかったけれど、ユウリの唇はそんなふうに動いた。そして、運転席にいる誰かにキスをした。

 頭痛は酷くなる一方だ。左目までもがガンガンと痛み、ナランチャは歯を食いしばってその場に立ち尽くした。

 誰? ほかの男。知らない車。いつもより化粧のうすいユウリ。またね、ってなに。知らない車。誰だよそいつ。

 右手から、ぽろりと傘が落ちる。ナランチャの頭上に、攻撃的なまでの雨粒が降りかかる。「ナランチャ?」ユウリがこちらを見た。バシャバシャと音を立てて、ユウリが駆け寄ってくる。
 ああやめてくれ、嫌いなんだ、そういう音………、声にならない言葉を唇に溶かし、ナランチャは意識を手放した。




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