リトルボーイ
 ナランチャが自涜を覚えたのは、十二歳の夏のことだった。
 蒸し暑い夜だった。ナランチャは夜中に尿意を覚え、目を覚ました。この夜はめずらしく自宅で過ごしていた。
 眠たい目をこすり、用を足すと、もうすっかり目が冴えてしまう。
 すこし腹が減っていたので、台所へ行き、テーブルの上のオレンジを手にとった。
 だいだい色のぶあつい皮の表面に、果物ナイフをすべらせる。
 料理はあまり得意でなかったが、好物のオレンジの皮むきなどたやすいことだ。

 ぶつぶつとしたその表皮を眺め、刃を食い込ませる。いつもより動きのにぶい自分に、ナランチャはおっかしーなァと頭をかいた。
 その脳内では、昼間の友人宅でのことが思い返されていた。

 悪友たちはさまざまな悪い遊びをナランチャに教え込んでいた。ナランチャもまた、勉強の方はさっぱりだというのに、悪事は覚えるのが早かった。十二歳にしてすでに、車の運転だってできていた。

 しかし今日は、友人のうちの一人が、変わったものを持ってきた。いつも読んでいるコミックや、万引きしたコークの瓶でもない。胸元を両手でかくした裸の女性。それは一冊のポルノ雑誌だった。
「うおっ、なんだそれ」
「すげえ、見せろよ」
 友人たちはゲームをやめて次々と雑誌を囲みはじめた。やがて小さな輪になって、皆で雑誌をめくった。
 ナランチャはとくに何か思うわけでもなく彼らの輪に加わっていた。どういうわけか興味がなかった。
 友人たちは色めき立ち、目を爛々とさせてページを見つめている。中にはもう既に初体験を済ませてしまった者もおり、この中で性に関心のないナランチャは内心取り残されていた。

(なんか、ちょっと、気持ちワリィよ)

 大きな乳首をこね回されて悦んでいる女の写真。女同士でのディープキス。ろくに修正も入っていない黒々としたアンダーヘア。性に疎いナランチャには、そのどれもが刺激的すぎて、嫌悪感すら催してくる。
 でかでかと印刷されたコケティッシュな裸体をちらちらと見やりながら、ナランチャはなんとかその場をやり過ごした。


 そして、今。オレンジの皮をむく手をすっかり止め、ナランチャはその昼間のことを思い出していた。

 なんだかへんな心地がした。先ほどトイレに行ってきたばかりだというのに、下腹のあたりがムズムズする。それは尿意にも似ていたが、ナランチャは、トイレへは向かわず、オレンジを持ったまま動くのをやめていた。

 ふら、とゆらめき、テーブルの角に下腹部がふれた。布越しの柔らかな刺激に、ナランチャの尻がびくんとこわばる。
 オレンジとナイフをテーブルに置いた。すこしだけ皮のむかれた不恰好なオレンジが、テーブルの上で半回転する。
 自由になった両手でテーブルを掴むと、ナランチャは、その角に腰を押し付けた。ちょうど性器が圧迫されて、なんだか不思議なかんじがした。

「ン…」

 思わず息が漏れた。この気持ちはなんだろう。何もわからないのに、なんだか、悪いことをしているような気がした。
 けれど腰を動かすのはやめられなかった。昼間見たポルノ雑誌の写真を何度も何度も頭の中で思い浮かべた。

「ハァッ…ハァ…うっ…」

 次第に息が荒くなってくる。テーブルに向けてカクカクと腰をゆすっている様は、傍から見たらひどく滑稽なものだろう。しかし動くのを止められなかった。脳内では、女の割れ目を覆い隠す濃い陰毛がフラッシュバックする。

(あ…ダメ。なんか、出る…)

 漏れる、と思った。けれど自制が利かず、腰を押し付けるのを止められない。中でペニスがゴシゴシこすれて気持ちよかった。
 半開きのくちからアンアンと惚けたような声を上げるナランチャ。ペニスをこする速度が増し、「!ンゥっ」やがてびくんと大きく体がこわばった。

「はぁ…あ…」

 ボトムの中でぴゅぶっと爆ぜる熱い液体。小便を漏らしてしまったのだと思った。情けないようで、切ないようで、先ほどまでの快感が嘘のようだ。同時にとても後ろめたかった。この行為の意味を、ナランチャはまだ知らないでいた。




2013.07.27
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