ノット・イン・パブリック 七月某日。 ジョジョの奇妙な冒険、オールスターバトルリーグ開幕。 Eブロックでの予選を控えたナランチャは、名目上の恋人であるユウリとともに控室にいた。 「あ〜!スッゲェわくわくすンなッ!」 知らねェヤツらばっかりだ!と、自分のブロックのメンバー表を確認しているナランチャ。その表情はいつになくキラキラと輝き、未知の敵と戦うことを今か今かと楽しみにしているようだ。 「ジョルノは負けちまったみたいだけど…ブチャラティは予選通過だもんなァ。さすがだぜっ」 バサ、と組み合わせ表をソファに置き、床にそろえてあった靴を履いた。大きな金のリングのついた、黒い革靴。組織に入団してしばらく経ったころに買った、お気に入りのものだ。 ふんふんと鼻歌をうたい、上機嫌なナランチャ。 しかしそんな彼とは対照的に、ユウリは浮かない表情で彼のそばに歩み寄った。「ナランチャ…」 「ナランチャ、大丈夫?お腹とか痛くない?」ぎゅっと両手を握りしめ、ソファに座る。「気をつけてね。つらかったらすぐ棄権するのよ、いいわね?」 心配そうに眉をひそめ、ユウリはナランチャの体を抱き寄せた。 ユウリの腕の中で、ナランチャは「なに言ってンだよォ!」と身動ぎをする。 「棄権なんてするわけねーじゃん、アホかッ!オレ、予選突破してブチャラティにホメてもらうンだッ!」 ぷはっ、と大袈裟に彼女の腕から抜け出し、ナランチャは唇をとがらせた。 「で、でもセコンドには私が立つからね。やばくなったらタオル投げるからね」 両拳を握り、そう訴えるユウリに、ナランチャは、 (こ、コイツ、バトルリーグのこと何だと思ってンだ〜〜ッ!?) と頭を抱えそうになる。ユウリはナランチャより賢いはずだし、なにより医師という職業柄、それに準ずるだけの頭脳はある。しかし、盲目的な愛故か、ことナランチャに関しては、どうも思考回路がおかしくなってしまうらしかった。 「なんだよセコンドって!タオルなんかで中断できねェよッ!それによォォ、お前みたいなのが着いてきたら恥ずかしいだろ〜ッ!他のヤツらにバカにされちゃうよッ!」 ぱふぱふとソファを叩きながら、そう叫ぶ。 しかしユウリは彼の言葉よりも、そのくるくると変わる表情に釘づけだった。 (ナランチャほんと可愛いな…) 「俺の話聞けよ!」 試合前に疲れさすな!とチョップをする。 いたっ、と小さく呻いて、ユウリはふと腕時計に視線をやった。もうまもなく試合時間だ。 「あらやだ、もうこんな時間。ナランチャ、忘れ物はない?参加証は持った?ハンカチは?ティッシュは? そうだ、一応ばんそこ持っていきなさい」 ね、と手のひらに握らされた、クマのキャラクターがプリントされた絆創膏。 「…あ〜も〜ッ!わかったよッ!」 観念したのか、それとも彼女に絆されたのか、ナランチャはそれを握りしめると、ユウリに向けてぐっと拳を突きだした。 「いってきます!」 「いってらっしゃい」 そう言って、勝利の女神は微笑んだ。思えば、絆創膏しかくれないケチなカミサマだったけれど。 ・ ・ ・ Eブロックすべての試合がここに終わった。 ユウリは顔面を蒼白にしながらも、画面越しにナランチャの試合を観戦していた。可愛い可愛いナランチャが殴られるたびに、気を失ってしまいそうだった。 なにせ、ナランチャの組み込まれたEブロックは、過去と別世界の未来において物語の主人公を務めた男がふたり――しかもその片方は現在進行形で主役を張っている――も居るのだ。 さらにはブロック唯一の女性選手も、どこからどう見ても、ナランチャよりも素手での戦闘能力は高そうだ。 病気や内臓疾患であればユウリのスタンド能力で治せるが、怪我や骨折は彼女のスタンドではどうすることもできない。ユウリとしては、ナランチャの勝利はもとより、彼の無事をただただ祈るだけだった。 そして。 「―――ナランチャ!!」 「ユウリッ!」 控室に戻ったナランチャを出迎えたのは、ユウリの熱烈なハグだった。 彼の無事をたしかめるように、きつく抱きしめ、その首筋に顔をうずめる。うー、とかあー、とか言いながら頬ずりをし、ユウリは、 「ナランチャ、おめでとう」 と耳元で囁いた。 試合の結果は上々。ナランチャは激戦の末、決勝トーナメント出場の権利を得たのだった。 (あーよかった。一時はどうなることかと思ったわ…) ほっと胸をなで下ろしつつ、しかしまた決勝トーナメントという激闘の地に彼を送り出さなければならないのだなと思うと複雑だ。 「あ、ナランチャ。それ」 ふと、ナランチャの左手の甲に、試合前に渡した絆創膏が貼られていることに気づく。茶色と白色の、のほほんとしたクマのキャラクターがプリントされたそれは、幼い顔立ちの彼によく似合う。 「怪我したの?それとももしかして験担ぎ?」 「う!うるせーなッ。なんだってイイだろーッ」 左手をかくし、ぷい、と顔をそむけるナランチャ。それではほとんど答えを言っているようなものだ。 「ほんと、可愛いわねぇ」 「なんだよそれッ。オレの試合見てたンだろ?カッコイ〜とか男らしーとか言えねーのかよッ」 「やーね、そんなこと考えてたの」 「ナランチャは世界一可愛くてカッコいいわよ」そう言って左腕をとり、ぎゅう、と抱きつく。 「あッ、あんまりひっつくなよォ!」 バカ、おせっかい、だれかに見られたらどーすンだっ。 そんな素直じゃないことばかり言うくちは塞いでしまおう。ユウリはゆっくりとくちびるを近づけた。 了 2013.07.18 |